二人の出会い編 #1



それは雨の日の買い物帰りのことだった。
しとしとと雨が降り注ぐ町を一人歩いていた。漸く家が見えてきた、と買い物袋で痺れて赤くなっているだろう手を思いながら喜んでいた矢先。家の前に、私に癒しを与えてくれそうな生き物が入っていると思われるダンボールを見つけた。近寄ってみると、側面にはご丁寧に『拾ってください』と書かれている。なんというありがちな展開。もし猫だったら飼ってみようかな。でもしつけ上手くできるかな…などと呑気に考えつつ中を覗いてみると、そこにいたのは猫でも犬でも亀でも蛙でもなく。


なんと、猫サイズの恐竜だった。


「えっ、え……?」


図鑑や映画の中でしか見たことがない恐竜を目の前にして戸惑う私を知ってか知らずか、その恐竜は雨に降られているなど気にも留めていないかのように、少し黄ばんだ腹を見せて眠りこけていた。


「(なんて図太い奴だ)」


ぐっしょりしたダンボールからはみ出している尻尾をつついてみると、小さな瞼を気だるげに開き、私を瞳に映したかと思えば、フンッと鼻を鳴らし私の指をその湿った尻尾でぺちんと叩き、こちらに背を向けるように寝返りを打った。


「(こ、こいつゥ――!)」


なんなんだ。この人を小馬鹿にした態度は!愛想の欠片も感じられない。お前の助けなんかいらない、さっさとどっか行っちまえ。そんな雰囲気を醸し出している。


「……」


そうかそうか。ならお望み通りにしちゃうよ。
恐竜は見なかったことにして、家に入る。袋には生ものが入っている。



テーブルに買い物袋を置き、中身を冷蔵庫やカゴにしまう。アイスを食べる。そんなこんなで10分経過。頭に昇った熱も冷め、冷静に考える余裕ができた。

もしあの恐竜をあのままにしてたら。ヤバい人たちに見つかって、身体のあちこちを隅々まで調べ尽くされ、最後には殺処分…とかなってしまうのかな。もしくは子供が見つけて、触ろうとして恐竜に噛み付かれたり…。どう考えても嫌な予感しかしない。
つい気になって裸足のまま外に出てみると、家の前に小学生くらいの子供が3人ほど集まっていた。

もしかして、いやもしかしなくても、恐竜に集まっている。ちょっとやばいんじゃあないか?でも話しかけるのも面倒なので、暫く様子を窺ってみることにした。


「これってキョウリュウだよね?」
「そうだよ、おれほんでみたことあるよ。ら、らぷた……る?みたいななまえだったよ」
「「へぇー」」


きっとラプターかラプトルって言おうとしたんだろうなあ。少し和んだ。


「これなんてかいてあるの?」
「すてってください?」
「ひろってください、だよ!あにきのマンガでみたもん」
「「へぇー」」


恐竜は小学生に気付かずまだ眠っている様子。起きたら噛み付きそうだからそのまま寝ててくれないかな。


「これ、どうするの?ひろってあげる?」
「キョウリュウってなにたべるの?」
「えっ、……むしとか?」
「わたしおかあさんがむしきらいだからかえないや」
「ぼくのおとうさんトカゲむりっていってた」
「おれんちはペットだめって」
「「「……」」」
「どうするの?」
「ほうっておく?」
「でもかわいそうだよ」


女の子が恐竜の頭を撫でている。素直に撫でられて……私の時と対応が違うぞ。


「そういえばおとうさんがね、『ダンボールにはいってるどうぶつはみつけたらほけんじょにつれていくんだよ』っていってた!」
「ほけんじょってどこー?」
「しらない!」
「おやならしってるんじゃない?」
「つれていってもらおうよ」
「じゃあはやくかえろ!」


パチャパチャ、と長靴で駆けていく足音が少しずつ遠くなっていく。
やっと帰ってくれた。最近の子供もいい子いるじゃあないか……。保健所に連れて行くことの意味を分かっていないようだけれど。
傘が邪魔にならないようにしつつ、そろりと門から顔を出す。恐竜と目が合った。
目を合わせつつゆっくりと近づいて、暴れたりしないようにそっと、文字がにじみ出しそうになっているダンボールを持ち上げる。


「あまり暴れたりしないでね」


何をするのかと手を見つめていた恐竜は、興味がなくなったかのように私から目を逸らした。





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