二人の(非)日常編2 #12



とある日のお風呂上がりの時のこと。

ガタン。はみ出ないように両足をしっかりと乗せ、じっとその電子メーターを見つめる。数字が大きくならないように願いながら。かたかたと形を変えながら、その値を増していく数字。頭にあった理想の値を悠々と通り過ぎていく。機械が測定終了の音を鳴らしたときには、ほんのちょっぴりの後悔と自責が心に残った。


「これはひどい…」


ついに願いは叶わなかったのである。








安売りしていたからつい買ってしまったトロの刺身を前に、私は頭を巡らせていた。至極簡単なことである。これを食べたら太り、食べなければその分太らない……はず、だ。諦めて普段通り豪華さの欠片もない食事を摂ればいいのだけれど、しかしそう易々と諦められるはずがない。食べたくて買ったのに、ディエゴが食べているのをただ見ているだけなんて…無理だ。私も食べたい。こうなったら奥の手を使うしか道はない…ッ!

刺身を睨む私が拳をグッ、と握ったのを、向かい側で不思議そうにしつつも見守るディエゴ。その右手にはフォークが握られている。


「そやッ!」


突如にして右腕の上に現れた影は、たった今まで本体が睨みつけていたものを、瞬時に殴りつけた!しかし潰れるという訳でもなく、ポスッと音がしただけであった。そのまま数秒待ってみると、みるみるうちに分裂が始まる。ディエゴは味噌汁をスプーンでちまちまと飲みつつ観察している。パキン、という音と共に、先程までのトロの刺身と全く同じものが出来上がった。

ふぅ、と息をついてから、複製された方を自分の方に寄せる。オリジナルはディエゴの前に。椅子に座りなおし、ズレた箸先を整える。とても脂がのって美味しそうなトロを醤油に付け、口元へそっと運ぶ。……美味しい!

私が嬉々として食べているのを見て、ディエゴも見よう見まねで刺身を食べ始めた。刺身をフォークで刺し、醤油皿に浸してから口の中へ。…ちょっと醤油付けすぎじゃあないか?


「おいしい?」
「……ん」


私がそう尋ねると、口元をむぐむぐと動かしながら小さく頷いてみせた。いつもよりちょっと目が輝いて見えるので、多少なりとも気に入ってくれたようだ。

ディエゴは英国人らしいので口に合うか分からなかったが、思えば私の家に来てから頻繁に和食を食べているので、問題ないのかもしれない。少しずつ日本色に染まってきている。そのうち箸の使い方も教えようかな。



「……紗織?」
「…あ。ぼーっとしてた」


黙々と考え事をしていたら、いつの間にか食べ終わっていたようだ。隣で食器を持っているディエゴの頭をひと撫でし、一緒に食器を持ってキッチンへ向かう。食洗機に持っている食器を全部突っ込み、スイッチを押す。

あぁ、いけない。忘れてそのままにするところだった。
リビングに向かいつつ、自分のスタンドを出す。それが殴りつける先は、自分の腹部だ。細かく言うと胃の辺り。ポンッと小気味のいい音が鳴り、その瞬間自分の身体がほんの少し軽くなった。これでノーカン。私はトロなんて食べていない。

隣から視線を感じる。くすくすと笑っているようだ。私の魂胆はバレているらしい。

恥ずかしさを誤魔化すように、私はディエゴを抱き上げた。そしてそのままソファになだれ込む。ディエゴのお腹をくすぐってみたら、笑いながら抱きついてくる。ぎゅうぎゅう。つい私も抱きしめ返そうとしたら、その隙に脇腹をとられた!戯れあっていると、二人一緒にソファから転げ落ちてしまった。ふかふかのカーペットの上で、何かおかしくて、けらけらと笑いあった。






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