二人の歩み編 #1



広い広い、あの草原で。

いつもの木の下、私は蹲っていた。

嗚咽を漏らし、心を引き裂かれる痛みに耐えながら。


「もう会えないかと思った」

「泣くな、愛しいひと」


瞼の隙間から雫を落としていると、どこかから、そんな声が聞こえた。

慈しむように、大切なものを包み込むように。

懐かしい声。

ただ、その姿だけが見えない。


「また会えたな」

「どこを見ているんだ」


彼に会いたいのに、この瞳は映してくれない。

私の躰は彼のあのぬくもりを求めて震えている。


『どこにいるの』

「オレはここにいる」

「そんな顔をするなよ」


音になれない声。

振り返るけれど、やはり誰も見当たらない。


「………」


涙を拭って立ち上がる。けれども何処にも見当たらない。

確かに聞こえているのに。


『……』


誰かに向けた私の声も、音になれずに消えていった。

空は、私の心を映すように、灰色に染まっていく。


「………」


再び頬を伝おうとした雨は、誰かに掬い取られた。
















「ん…」


ふと意識が浮上する。しばらく頭が働かずぼんやりとしていたが、寝る前にディエゴに腕枕をしていたことを思い出した。そのまま寝てしまったのか…。ディエゴは先に起きたようで、腕の中からいなくなっている。


「ディエゴ…?」


体を起こし、部屋の中で視線を彷徨わせていると、ディエゴらしき人影を見つけた。
居間、ほんの数メートル先に立つ人の影。異様だったのは、その輪郭がさらさらとぼやけだしていること。


「え……ディエゴ…ッ!ま、待って、どこにいくの」


すぐにでも消えてしまいそうに思って慌てて駆け寄ると、ディエゴは何が何だかといった様子でこちらを見上げた。皮膚が砂のようになって、輪郭が定まらなくなってしまっている。ディエゴはこちらに手を伸ばすが、指先がぼろぼろと崩れ落ちていく。少しでも彼を繋ぎ留めたくて手を握ると、やんわりと握り返してきた。


「ディエ、」


口を開いた途端。手が握っていた温度と感触がなくなり、目の前にあったはずの人型が跡形もなく消え去った。バサッ、と音がした足元を見ると、室内には場違いであろう砂の山。ちょうど、子供一人分くらいの……。


「え……な、…ッ…」


訳が分からない。ディエゴが、砂に…。突然の事態に理解が追い付かずにただ砂を見つめていると、砂の中に白い塊の一端が見えた。そっと拾い上げてみるとそれは、恐竜の頭蓋骨のようだった。それは恐竜だった時のディエゴにそっくりで。さらに探ってみると、他の部位の骨も出てきた。


「化石……?」



***



ディエゴが砂と化石になってから、何をしても物足りなく感じる日々が続く。食事も、寝るのも、お風呂も。一日中一緒だったから、彼が来る前はどうやって生活していたのかも忘れてしまった。空腹を抑えるためにとりあえず目に付いた食料を胃に押し込むが、全て味気ないものに感じてしまう。


「……」


このままではいけない。ディエゴがいない生活に、元に、戻らなければ……そうしなければ、ずっと過去に囚われたままになってしまう。そう思っても、何もできなかった。いつか元に戻るかもしれないと、半ば縋るように化石と砂をかき集めた日から、既に1ヶ月が経とうとしていた。


「……寝よう」


眠れば、夢でディエゴに会えるかもしれない……しかし、まだ起床したばかり。睡眠薬でも飲もうか…。





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