二人の(非)日常編2 #3



「爪切りしよう」


そう言ってディエゴの方に振り返る。私の手には普段使っている爪切り。ツメが大きすぎて、切るなんて到底不可能なのは分かっている。今回使うのはヤスリの部分。せめて尖っているところだけでも丸くしたい。お風呂とかでたまに食い込んでくるのだ。

ソファに座ると、素直に私の目の前まで来てくれた。大きな鋭い瞳が私を見上げる。ディエゴを抱き上げ、背中が下になるように太ももの上に乗せた。うさぎにこの体勢をさせると動かなくなるらしいが、恐竜もなるのだろうか…そんなことはなかった。にしてもこの体勢すごくかわいいなァ。もふもふしたい。鱗だからつるつるか。

爪の粉が付かないように、足の周りにタオルを巻いてから削り始める。……すごく硬い。でも削れないほどではないかな。どのくらいまで削ればいいんだろう?猫や小鳥は血管の手前までだけど、ディエゴは爪が透けてないから、血管が見えない。……なんとなくでいいや。

爪をゴリゴリと削っていく。ディエゴは暇なのか、私の手や顔を見つめている。歯医者で治療が終わるのを待っている時みたい。どこ見ていればいいのか迷うよね。

とりあえず端っこの尖ったところだけを削っていった。これだけでも違うものだなァ。指で触っても全然痛くない。


「終わったよ」


爪の粉をタオルに落としてからそう言うと、ディエゴは退屈だったのか、私の膝からぴょんと飛び退いて、爪の具合を確認し始めた。床にあんまり引っかからなくなったんじゃあないかな?

粉がいっぱい付いたタオルを払いに、リビングから庭へ出る。空を見上げたら、そこを大きくて綺麗な雲が泳いでいた。何処かから現れた鳩の群れがその下を通り、旋回して向こうへ去っていく。……空飛んでみたいなァ。タオルを上下に振ると、爪の欠片がそこらじゅうに飛び散った。服に付いたので払い落とす。振り回しても取れなかったやつは、きっと洗濯機がどうにかしてくれる。

そんな、適当なことを考えつつ中へ戻る。タオルを洗面所の洗濯機に突っ込み、そのままリビングへ戻った。爪は落ちていないみたい。

…あれ、ディエゴがいない。どこに行ったんだろう。いつも私の目の届く範囲にいるのに。


「ディエゴ?」


返事はない。この近くにはいないのか。トイレでも行ったのかな?まぁその内戻ってくるだろう。

テレビを付けて、ピカピカと光る画面を眺める。中にいる人たちは私を笑わせようとしてくるけれど、その声は左耳から右耳へ通り抜けていく。全く頭に入ってこない。

そんなこんなで10分経過!まだディエゴは戻ってこない。便秘なの?いやもしかしたら、トイレじゃあないのかも。

トイレのドアを開けてみると、中に誰も居なかった。トイレじゃあなかったか。あ、2階にもあるんだった。そっちも見に行こう。

2階へ上がり、トイレのドアを開く。…ここにもいない。


ガタンッ!


他の部屋を探そうとドアを閉めた直後、後ろの方から何かをぶつけたような物音が聞こえた。ディエゴか?


物音がしたと思われる、寝室へ向かう。音を立てないように、そっとドアの隙間から中を覗いてみる。

誰もいない。

確かに物音した気がするんだけどなァ?中に入り、音の出処を探る。机の下を覗いてみると。


「えっ」
「……あっ」


なんと、そこには金髪の見知らぬ子供がいた!タオルケットを纏っているため、首から上しか見えない。私に気付いたその子は、縮こまってしまった。…誰?


「君は…?」
「、ぁ……」


少し涙目になって、来ないでほしいと言うように、首を横に振り続ける。かなり緊張しているのか、とても息が荒い。


「…大丈夫?」
「……ハァ…ァ……ぅ……」


全然大丈夫じゃあなさそう。落ち着かせるには……どうしたらいいだろう?取り敢えず敵意がないことを伝えよう。外国の子っぽいけど、日本語通じるかな。


「怖がらないで…あなたに危害を加えたりしないよ」
「……ぅ」
「こっちにおいで、そこじゃ狭いでしょう」
「……」


俯いて、そこから出ようとしない。私からは見えない手を、ぎゅっと握りしめた…ような気がした。何か迷っているみたい。


「ずっとそこにいる気なの?」
「……!」


そう言うと、その子はハッとした表情を見せた。私の様子を伺っている。


「怒ってないから、出ておいで」


できるだけ穏やかな声色で、出てくるよう促す。すると、おずおずと机の下から出てきた。金髪に、青の透き通った瞳。ディエゴに似てるなァ。


「いい子だ」
「あ、……」


頭を撫でてみると、少し驚きながらも嬉しそうにしている。不覚にもキュンとしてしまった。


「あー…その、君。服は……」
「!」


安心して手が緩んだのか、タオルケットがずり落ちて肩が丸見えになっている。その子は慌てたように被り直した。その拍子に後ろから、何かが見えた。あれは…


「ちょっと立ってもらってもいい?」


私の言葉に、素直に立ち上がる。すると、それはタオルケットで隠れてしまった。


「あれ」
「……?」


不思議そうな顔でこっちを見ている。…幻覚じゃあない、よね。確かに見えた。


「ちょっとシトゥレイ〜」
「ひゃっ!?」


タオルケットを捲り上げてみる。そこには案の定尻尾があった。しかもディエゴと同じ模様だ。これはまさか…。






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