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夜1時の恐怖体験

 
 両耳にイヤフォンを取り付けて音楽を聞いていたから、いつから足音が着いてきているのかわからなかった。足音に気付いたのは、音楽と音楽の合間の僅かな無音によってだった。
 一度振り返ったが、そこには誰もいなかった。途端に恐怖を煽られる。
 あと10分も歩かないうちに自宅だが、その手前にあるコンビニはもう過ぎた。駆け込める場所はもうこの先にはないだろう。
 のろのろ歩き続けて足音の主に家まで着いてこられるか、めちゃくちゃに走ってとにかく巻くか。答えなんかふたつにひとつだった。
 考えている間にも足音は歩調を早めてもうすぐそこまで来ているようだった。音楽の止まったイヤフォンの向こうに、足音が聞こえる。
 角を曲がった途端走り出した。すると私の足音に気付いてか、着いてきていた足音も走り出した。
 曲がり角が見えるたびに右に左にとにかく走った。

 あ、交番が見えた、と思ったところで足音がすぐうしろまで近付いてきていることに気付いて今度こそ顔を見てやろうって振り返ったとき、やっぱりそこに人はいなくて、けれどずっとうしろにかつての級友である志摩くんがいた。
 志摩くんはとおいのに足音はちかいんだ、なんて思う。なにかに強く押されて、振り返った形だった私は倒れ込んでしまった。反射的についた手が痛い。多分皮一枚くらい剥けてる。
「なまえちゃん、やよな?」
 ズキズキ、ヒリヒリする手を我慢して、体を持ち上げて振り返る。見たことのない制服を着た志摩くんは、金色の棒みたいなものを持っている。
 そういえば、志摩くんたちは東京の高校に行くらしい、って友達が言ってた。
「志摩くん」
 答える代わりに名前を呼ぶと、志摩くんはへら、と力が抜けたように笑った。
「思いっきり転んどったけど、怪我とかしとらん?」言いながら、私に手を差し出して立ち上がるのを助けてくれた。私が立ち上がると、パッパッとスカートを払って砂埃を払ってくれる。
 それから制服のスカートの裾がほつれてるとかストッキングが穴空いてるとか、さらけた腕の肘のあたりを掴んでああ肘痛そうとか血が出てるとか、言う。
「志摩くんっておうち、こっちだっけ」
「んや、今高校の寮で生活しよるよ。今日はたまたま、塾のアレでこっちに帰ってきとるけど」
 塾のアレってなんだろう、と思ったけど聞かなかった。
「家どっち?もう夜遅いし、送るわ」
「本当?ありがとう」
 志摩くんに、その棒はなんなのとか東京の高校はどんな感じなのとか、なんでお盆でもないのに夏の時期に帰ってきたのとか最近咳が流行ってるのと関係あるのとか、聞きたいことは山ほどあったんだけど、顔は笑ってるのに目だけは真剣な志摩くんを見たら、そんなの全部吹き飛んでしまった。
 ちら、と腕時計を見ると、さっき転んだ衝撃でガラスの盤面が割れていた。ああ、高かったのに。少し落胆する。短針が1を、長針が2と3の間を差しているところで、時計は止まっていた。
 

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