24時間の過ごし方 | ナノ
23時、ゆっくりと酒でも飲もう

 
 世界一かわいくて、世界一わがままな彼女がいる。
 オレがたかが女一人に骨抜きにされているなんて知ったら、旅団のメンバーはどんな反応をするんだろう。団長はきっと彼女に興味を持つし、フェイは俺を冷めた目で見るし、フィンクスやウボォーあたりはゲラゲラと品もなく笑うんだろうか。女性陣やフランはなにも言ってこないんだろうな。

 何十万もするカバンや服が何着も入った袋を両手に、オレは彼女が下着屋から出てくるのを店の前で待っている。
 服や下着や靴なんかどれも似たような感じで可愛い可愛くないなんてオレにはさっぱりだし、そもそも4~5着もあれば充分だろうに。以前にそれを言ったら、「だってシャルの前ではいつだってかわいくいたいんだもの」と上目遣い。キミね、それかわいい子がやるからかわいいんだよ。キミは世界一かわいいけどさ。なんて悪態をつくまでもなくオレの心は簡単に落ちて、「あーもう、服でも靴でもカバンでも好きなだけ買いなよ」といとも簡単にカードを渡してしまった。月末には何百万という請求がくるんだろう、考えたくもない。
 暇が過ぎて、くぁ、とあくびをひとつ噛み殺した。

 服やらカバンやらが入ったいくつかの紙袋を腕に提げ、靴が入った箱を三箱抱え、片腕は愛しの彼女に絡めとられている。両腕が塞がっちゃあいざってときに彼女を守れないってのに。それを言っても彼女は聞く耳を持たないから、二、三度目からはオレも言うのを諦めた。
 そういやあ団長に言われた仕事をいくつか溜めたままだなあ、と頭の片隅で考えながら、口と耳は彼女に受け答えするのに忙しい。オレが二日ほど留守にしている間に三度も宗教勧誘が来たのだとか、自分で作った料理が驚くほど美味しくなかったのだとか、薔薇の花びらがいっぱい浮かんだお風呂に入りたいだとか。
「あ、そうそう、昨日ねテレビで、ふわふわのたまごのオムライスを作ってたの。それ見てたらあたしも食べたくなっちゃったの。ご飯はケチャップライスじゃなくてチキンライスがいいの、グリンピースとにんじんは入れないでね。明日は友達と遊びに行くからガーリックもだめよ。たまごはふわふわにしてね、ご飯の上で切って開いたのを、目の前で見たいのよ」
 ね、シャル、いいでしょう? にこ、と、オレが断るなんて欠片も思っていないような顔で彼女が笑う。
「ほんとにわがままだなあ、なまえ」
 しょうがないね、とため息混じりに笑うと、やったあ、と子供のようにはしゃいで喜んだ。

 家に戻ってからまた出かける、なんて面倒なことはしたくなくて、荷物を抱えたまま無理にスーパーに寄って材料を買って帰った。
 なまえの無茶な注文をハイハイと聞きながら、要望通りのオムライスを作ってやると、きゃあと黄色い声を上げて喜んだ。ひとくち食べて、それはそれは美味しそうに顔をほころばせる。
「とってもおいしい! この前連れてってもらった、レストランよりもおいしい!」
「そう?」
 この間連れていったレストランてのは、高性能のパソコンが二台は買えるんじゃないかってくらい、いい値段するところだった。そこよりもオレの作った庶民料理のほうが美味しいなんて。まあこの子一般人だしな…べつに貴族の子ってわけじゃないしな…と、嬉しいようなちょっと悲しいような気持ちを殺して風呂場に向かった。
 風呂の沸く時間を設定してさっさと戻ってきて、彼女が食べ終わった皿を片付ける。革張りのソファに膝を抱えて座るなまえの横に腰を下ろすと、膝を抱えたままオレの肩にこてんと頭を預けてきた。
 お姫様か、ってくらいのたくさんのわがままを言われても全部許せるのは、こういう可愛げがあるからだ。あーかわいい、大好き。

 そのまま、まともな会話もなくテレビを見ていた。普段おしゃべりななまえが大人しくなるのは、行為のときとテレビを見ているときくらいだと思う。
 番組と番組の間の、5分くらいのニュースを眺めていると給湯器がチロリロリンと鳴った。それを聞いたなまえが元気に立ち上がって脱衣所に向かってしまう。半身に感じていたぬくもりがすうっと冷えたのに少しの寂しさを感じながら、着替えあるからねと声をかける。
 廊下の奥からはあい、と声が返ってきて少しもしないうちに、ぱたぱたと足音を立ててなまえが駆けてきた。それも全裸で。まさか、一緒に入ろうとかそういう?と少し動揺する。
「ちょっと、服も着ないでどうしたの」
「シャル、お風呂が真っ赤な薔薇の花びらでいっぱいなの! 薔薇の香りもするのよ! ありがとう、大好き!」
 突然のことに浴槽に花びらを浮かべたのをど忘れしていたのを、それを言われて思い出した。ああ、うん、なんて生返事をするオレの首に腕を回してキスをして、なまえはお風呂入ってくる!とご機嫌で風呂場に戻ってしまった。
 抱き返そうとしていた手とやり場を失った感情を持て余す。
 切り替えよう、と、団長に言いつけられた仕事の納期を思い出しながら、冷蔵庫から酒瓶を出してそのまま口をつけた。

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