拍手お礼 | ナノ

見えない子4


「なまえの匂いがする。」

自身の、他より鋭い嗅覚が捉えたその匂いに鼻をひくつかせる。その匂いは不快なものではなく、むしろ好きな匂いだった。
ベポにはすぐ分かっちゃう、と足元から声がした。聞きなれた人間のメスの声で、あまり高くない、心地良い声だった。

「おれ、鼻良いから。なまえがどこに居るかすぐ分かるよ。」
「じゃあベポとはかくれんぼできないね。すぐ見つかっちゃう。」
「なまえ、かくれんぼしてたの?」
「例えばの話だよ。」

ベポは素直だなぁとどこか嬉しそうな声音でなまえは言った。そこがベポの良いところだけどなぁとも言う。

「なまえ、おれなまえの顔見たい。」
「どうしたの? 急に。」
「なまえ、居なくならないよね? おれたちを置いて、どっか行かないよね?」
「行かないよ、どこにも。」

なまえは優しいから、おれにはそう言うけどきっといつか、虹が消えるようにして消えちゃうんだ。なまえは優しいから、誰にも何も言わず、おばけが消えるみたいに。だからおれもだれも、なまえが消えたことにすぐには気づかないんだ。

なまえはあまり、人前で姿を現さない。それどころか言葉も発さず、足音も立てないようにして歩く。あのキャプテンですら気配を感じ取ることが困難らしいと、ペンギンが言っていた。
なまえは、名前を呼ばれるのが嫌なのだと以前言っていた。誰の記憶にも留まりたくないのだと、言っていた。
でもおれは、なまえの名前を呼びたいしなまえを忘れたくない。なまえが大好きだから。大好きな人のことは忘れたくないのはみんなも同じでしょ?

なまえがこの船に乗ったのは、何も無い空間から霧が発生するみたいに現れたなまえを見たキャプテンが、なまえに興味を示して連れてきたからだった。自分の意志で乗ったわけじゃない。
だから、なまえがいつかおれたちを嫌いになってこの船を降りちゃわないように、おれは名前を呼んでぎゅって抱き締めて、「おれはなまえが好きだよ」って教えたげるんだ。

「なまえ?」
「なーに。」
「触ってもいい?」
「……いいよ。」

匂いを頼りになまえの小さい体を腕に閉じ込める。いなくならないで、いなくならないでって祈りながら。


16/04/08~16/04/16
 

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