見えない子1
「姿を消して居ると楽なんだ。」
声はすれども姿は見えず、とはまさにこのことかと、思わず息を吐く。
そいつは昔から 何かあると姿を消す癖があった。
例えば誰かにいじめられた時、例えば理不尽なことを言われた時、例えば暴力を振るわれた時。
理由は様々だったが、そいつが極度のストレスを感じた時、ふっ…と、まるで煙のように消えてしまう。
「私に酷くする人らがいてさ、そいつらの前で消えてみせたことがある。そしたら、高い悲鳴上げて逃げてった。」
その時のことを思い出しているのか くつくつと喉を震わせた。俺の言葉が特別必要というわけではないのか、まだあるよ、とそいつは続けた。
「で、そいつらが普段溜まってる場所に行ってみたわけ。そこで私の悪口言ってたから、姿を現してやったら、『キャアー!』って叫んだの。フフ、」
楽しかったなぁ、と 笑いを堪えるような泣いている時のような引き攣った声でなまえは言った。
それをさかいにじわりじわりと、水が少しずつ布に染み込むようにそいつは現れる。
俺のベッドで膝を抱えて蹲っていた。
「姿が消えたなら、存在も消えてしまえばいいのに。」
「なんで。」
「だってそうしたら、私、姿が消えてる間は幸せだ。」
誰かの記憶の中に自分が残っているのは耐えられない、とそいつは言った。
そいつは、全ての人の記憶から消えてしまいたいのだそうだ。
だから俺は、そいつのことを必要以上に考えないようにしているし、そいつの名を呼ばない。誰にも好かれないそいつを俺は好きだから、せめてもの優しさ。
可哀想な奴なんだよ。母親に捨てられて、友達もいなくて、故郷に居場所を無くした、可哀想な奴。
16/03/02~
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