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ひだまりの中にあなたを見た

 ときどき、その人を見かけた。

 ときにひだまりの中に、ときにバス停のベンチに、ときに駅のホームに、その人はいた。穏やかな顔をして眠っているときもあれば、不機嫌そうに眉根を寄せていることもあった。柔らかな陽光が似合わないくらい、恐ろしい顔をして肩を怒らせていることだってあった。
 気付くとその人は私の視界に映りこんでいて、私がその人の姿を追っていることに気付いたのは人に言われてからだった。感情の機微には疎いから、自分では気付いていないだけで、もしかしたら私はその人を、好きだったのかもしれない。


 ヴィランとヒーロー。相反するもの。水と油のように、決して混ざり合うことのないもの。
 私がヴィランではなくただの一般人たるみょうじなまえだったなら、あの人の名を呼ぶことを、許されただろうか。

 私に馬乗りになって私の顔を掴むその人の篭手を掴む。
 仲間なんてみんな逃げてしまって、ここにいるのは私一人で、つまるところ私は見捨てられたのだ。案外うまくやっていけていると思っていたけれど、結局私は、切って捨てることのできるトカゲの尻尾だったわけだ。
「言い残すことはあるかよ」
 ガラガラした声は、怒声を発しすぎたゆえだろうか。その声すらも私は心地良いと感じる。耳障りのいい声だと。
 どうしよう、どうしよう。いつも目で追うばかりの人に話しかけられている。どうしよう、どうしよう。何を言えばいいの。好きですって言えばいいの、それとも命乞い。ああでも、緊張して変に口の中が乾く。舌がうまく回るかもわからない。どうしよう、どうしたらいい。取り敢えず何か言わなきゃ、でもだんまりをしてこの人に殺されるなら、それもいいかもしれない。けどヒーローはヴィランを殺さないんだっけ。ああ、だめじゃない、殺してもらえないじゃない。
「ヴィランじゃ、なかったら、」
 気付けばそんなことを口走っていた。
「あ?」
 指の隙間から怪訝そうな顔をするその人が見える。
「ヴィランじゃなかったら、あなたの名前を呼ばせてくれましたか」
 ヒーローはすっと目を細めて、にやりと笑った。寝言は寝て言え、と、言って、私の顔を掴んでいた手をゆっくりと離した。どうしたんだろうと思っていると、その人は私の耳もとに唇を寄せた。顔の近さに息を呑む。吐息が耳にかかってくすぐったい。

「****」

 何を言ったかは聞こえなかった。反対の耳もとでひとつ大きく鳴った爆発音にかき消されてしまって。
 でも、でも、それでよかったのかもしれない。これが答えなのだ。もしも私がその言葉を聞いてしまったのなら、私は一般人になりたかったという未練を抱いたまま収容されることになっただろう。そう、これでよかった。私はヴィランの仲間入りを果たしてしまったあの日から、ヒーローにやぶれたこの日を跨いで、いつか死ぬその日まで、ずっとヴィランであり続けなければならないのだ。自然と口角が引き上がった。


 ひだまりの中にあなたを見た。あるいはバス停のベンチに、あるいは駅のホームに、あるいは交差点のまんなかに。
 穏やかな顔をして歩いているときもあれば、ぽかんと口を開けて眠っているときもあったし、疲れた顔をしてぼうっと電車を待っているかと思えば、至極つまらないといった顔で友人と歩いていた。
 私が見たのはいずれも日常を生きるあなたで、ヒーローとして活動するあなたじゃなかった。ヒーローのあなたの顔を知らないままでいたかったと言ったら、あなたは、来世に期待しろって、悪い顔をして笑うかな。


(寝言は寝て言え、バカが)

2017/09/25~2017/12/31
 

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