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そうして私はいなくなる

 
 ね、誰にでもさ。自分を嫌う人っているよね。
 自分がその人に何かをして嫌われたり、逆に何もしていないのに嫌われたり、何もした覚えがないのに嫌われたり。
 まあ、理由は様々なんだけど。


 なまえ、なまえって、私を呼ぶ声がする。すぐそばからはベポとか、遠くからはシャチとか。
 そうだね、かれこれ一週間になるかな。
 私はここに居るよ。思ってても口になんか出してやらない。
 みんなの記憶から自分の存在を消してしまうのが、私の願いで私の夢なんだから。
 覚えていてもらっては困るってものよ。


 私はね、何もした覚えがないのに嫌われた人間。
 私を嫌うのは、近所に住むブルジョアの女の子とその取り巻きと、私の母さん。
 母さんはよく私を殴っていた。殴って、ハッとして泣いて私を抱き締めて、謝っていた。
 ごめんなさい、もうしないから許して、って。
 母さんのことは好きだから、許さないわけがなかったんだけど。母さんは「怒ってないよ」っていう私の言葉を無視してずっと、自分の気が済むまで謝っていた。
 母さんには父さんとは別にカレシがいて、いつも父さんが仕事で居ない時にカレシを家に呼んでやることやってた。
 母さんの声と気持ち悪い音が嫌で、私はカレシが家に来ている時はいつも外で遊んでて、そんな時は必ずブルジョアの子になんか言われてて。
 家にいても両親の仲は最悪だし、外に出ればブルジョアがうるさい。その頃の私の精神状態は最悪だったと思う。


 なまえ、なまえって私を呼ぶ声が続くのは、もう二週間になった。
 飽きもせずよく探す、なんて。倉庫でりんごを齧りながら思った。多分ペンギンや船長あたりは、私が倉庫にひきこもってるのを知っている。だってあの二人はここに近づかないから。
 一番大きくて多い声はベポ。泣きそうな声で私を呼ぶの。
 なまえ、お願い出てきて、って。
 自慢の鼻は、利かないみたいだ。


 母さんが、カレシに言ってたの。
「あんな子産まなきゃよかったわ。そうすればあなたと一緒になれたのに」って。
 だから私は、前に間違えて買ってしまった変な模様の果物を食べた。
 そうしたら、姿が消えた。服も一緒に。
 私が喋らなければ誰も私に気付かないことを知った。それがたとえ町中であっても、私にぶつかっても。
 三日くらい家に帰らなかったら、母さんは父さんと喧嘩をして家を出て、そのままカレシの家に逃げ込んでいた。
 ああ、私はこの人には要らない子だったんだな、って。


 三週間も経てば、私を呼ぶ声もなくなった。時々ベポの部屋の前を通れば、寝言なのかそうでないのか、悲しげにベポが私の名前を呼んでいた。
 それに心を痛めることはあったけど、消えてしまいたいと思ったのは私だから。


 それから一週間もしないうちに、船はある島に停泊した。海軍なんかに見つからないように、島の裏側に。
 クルーに気付かれないように、私もそっと船を抜け出した。やっぱり誰も私に気付かなかった。

 上がる口角をそのままに、能力を解除して街の方へと駈け出した。


16/05/06~16/07/06
 

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