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いるはずのない神様


 壊れてしまったんだと思う。


 ぎゅうと、ローが私を抱き締める。やさしくやさしく抱き締める。
 まるでここから居なくなってしまう私をこの場に世界に縫い付けるように、縋るように。

「………なまえ…」

 聞こえてるよ、ロー。でも声が出ないんだ。腕も動かないから抱き締め返すこともできない、ごめんね、ロー。
 私を抱き締めるローの腕の力が少し、強くなった。


 壊れてしまったんだと思う。私が愛してやまず大切で仕方がないこの世界は、誰か知らない人の手によって。


「……なまえ、」

 大丈夫、聞こえてる。まだ聴力は機能してるよ。
 だから泣かないで。あなたが悲しいと私も悲しい。胸が締め付けられるように痛くなる。
 だから、ねえ、泣かないで。


 私は私の体を、天井のあたりから見下ろしている。私の体を抱き締めるローを、見下ろしている。
 私の心臓から伸びる光る長い糸はまだ私の心臓に繋がっている。これが繋がっている限り私はまだここに居られるのだと、誰に言われるでもなく漠然と思った。



「…なまえ、なあ、」

 ローの腕の力がどんどん強くなる。これ以上強くなったら、私の体、折れちゃうんじゃないかしら。
 そんなことを考えて笑みをこぼした。私が笑ったことに、きっとローは気づいていない。


 私の肉体が植物状態になってからいったいどれほどの時間が経ったのか、本当はあまりよく覚えていない。
 私の体が眠るこの部屋には窓がないから、今が朝なのか昼なのか、夜なのかすらも分からない。
 ただ、気が遠くなりそうなくらい長い時間を、私の体はここで過ごしているのだろうな、と思う。



「…起きろよ、目を覚ませ。みんなお前を待ってる。」

 ごめんなさい、私の体はまだ眠っていたいみたいなの。
 でも私は起きてるわ、起きて、ずっとあなたを見ている。たとえこの部屋から出られなくても。
 ローの腕の力がずっとずっと強くなる。
 私の体が、意思なんてないはずなのに、ぽろりと一粒、涙をこぼした。痛みからか悲しみからか、それはわからない。私の精神はもう、肉体とは分離してしまっている。
 頬を伝って流れたそれはローの肩を濡らした。けれどローはそのことに気付かない。


 壊されてしまった。数年前に、私が生きる世界は。
 私は私をこんな状態にさせた相手を恨みはしないし、いるはずのない神様に祈ったりもしない。
 私は案外、潔いのよ。未練がましいことはしたくない。
 ただ、ローがもう泣かなければいいな、とか、一人でもまた歩けるようになったらいいな、とか。そんな夢みたいなことは考える。
 いるはずのない神様、今だけあなたに祈る私を許して。
 どうかローが、もう二度と泣かなくてもいいように。私を忘れて、仲間たちと歩いていけるように。


加筆修正、2018/04/12



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