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無題

「征十郎?」
「そうよ、征十郎くん。あんた、大好きだったじゃない。忘れたの?」洗濯物を畳みながら、呆れたようにお母さんが言った。
 もちろん覚えている。忘れるものか、どうして忘れられようか。
 あの赤髪は、赤い目は、いつだって私を捕らえて離さないのだ。いい意味でも悪い意味でも。
 きっとかつての私は、いや今の私もそうだけど、あの赤が好きだったんだ。

 私は赤司征十郎のまたいとこにあたる。征十郎が私の、ではなく、私が征十郎の。
 征十郎のお父さんはこっちのお父さんのいとこなので、その関係で年末年始はいつも、向こうの家に泊まりに行っていた。
 けれど征十郎のお母さんが亡くなってから征十郎はなんだか疲れてしまっていて、それと同時に、いやそれ以前から、征十郎はときどき征十郎でない別の誰かになることがあった。
 そのときの征十郎が私は怖くて、中学に上がったと同時に部活を始め、赤司家に行かない理由をつくっていた。

「征十郎くん、年末はこっちに帰ってくるんですって」
「は? ……どこか行ってたの?」
「何言ってんの。征十郎くん、高校は京都の学校に進学したじゃない」
 そうだったっけ。そうだったかもしれない。
 中三の夏くらいに、そんなことを言われたかもしれない。
 けれどあいにく当時の私は、中学生にして人気モデルのキセリョにお熱だった。
 キセリョと同じ中学の征十郎にコネをつくってほしい反面、征十郎に会いたくない気持ちもあって、私は結局部活を言い訳に、征十郎とは関わらなかった。


──話は小学生時代まで遡るが、当時の私は征十郎を、……恥ずかしくてあまり大声で言いたくはないのだが、せいちゃんと呼んでいた。
 それだけじゃない。せいちゃん、せいちゃんと、私は腰巾着か金魚のフンのように、征十郎のうしろを着いてまわっていた。小三までの話だ。
 これは思い出すべきことではない。恥ずかしさで死にたくなるからだ。

 でも、そうか。帰ってくるのか。
 四年ぶりならば、会っておくべきだろうか。
 私はあちらのお父さんが嫌いではないし、赤司宅は好きだった。けれど征十郎本人をまだ好きか、と問われれば答えづらい。
 しかしお母さんの中では、征十郎の家に行くことはもう決定事項らしい。行くしかないのだろうな、と思う。
 高校に入ってからは何も部活には入らず、そして今は冬休み。課題も既にでかしてある。初日の出を見に行こう、だなんて約束もしていない。
 つまり寂しいことに、年末年始は完全フリーなわけだ。
 私は寝転がっていたソファから体を起こし、のろのろと自分の部屋に行ってクローゼットからキャリーケースを引っ張りだした。
 いつに行く、と言われてああわかったと返したはいいが、正直なところまったく気乗りしていないのだ。会いたくない、というのが本音だった。




 チャイムを押して人が出てくるのを待っていれば、出迎えてくれたのは征十郎だった。
 記憶の中の征十郎とは随分と変わっていた。前髪は眉上で、目の色は片方だけ違っている。背も、だいぶ伸びてしまった。
 なんだよイメチェンかよと、些か失礼なことを思っていれば、少し驚いたように目を見開いていた征十郎は視線を上げて私のうしろを見た。
 それにつられて私も自分のうしろを見ると、私のキャリーケースを持ったお父さんがすぐうしろに来ていた。
「お久しぶりです」
「やあ、久しぶり。背、伸びたね」
 人当たりのよさそうなニコニコ笑顔でお父さんとやりとりする征十郎は、かつての私が好きだった征十郎によく似ていた。
 変わってしまった目の色と、短くなった前髪と、伸びてしまった背丈に見ないふりをすれば、かつての征十郎そのものである。
 どうぞ、と両親を通した征十郎が私に視線を流したのでどきりとする。さっきまでの笑みは消え、無表情だった。
「なまえ、入らないのかい」
「……入る、よ」
 征十郎の横を通り抜けようとしたとき、低く名前を呼ばれた。
「なまえ、俺を嫌いだろう」
 突然何を、と思う。思わず、は、と息を吐いた。「はあ?」
「なまえはすぐ、顔に出るからね」
「あんたは顔に出ないからね」
 一度強く睨んでから、今度こそ征十郎の横を通って靴を脱いだ。おじゃまします、は忘れなかった。


 夕飯をいただいて、宛てがわれた部屋でくつろいでいると、ノックも声掛けもなしに部屋の戸が開いた。
 お父さんかお母さんか…お母さんなら何かしら声をかけるはずだからお父さんだろうなと顔をあげると、戸を開けたのはお父さんでもお母さんでもなく征十郎だった。
 なんの用だよと顔をしかめると、無表情だった征十郎がふっと笑った。
「うわ、何」
「うわ、て。毎年同じ部屋で寝ていただろう」
「もう高校生だよ、間違いが起きたらどうするの」
「? 間違いが起きるのか?」
「(こいつ…!)くっ……」暴言を吐いてしまうことだけはなんとか耐えた。
 小学生のときの可愛げはどこに消えたっていうんだ。身長か、身長が多少伸びた代わりにあの可愛げが消えてったのか。くそう、むかつく。

 たしかに、小学生の頃は同じ部屋で夜を過ごした。別の部屋で夜中まで起きているお父さんたちに、起きていることがバレないように小声で喋っていつの間にかどちらかが先に寝たりして。

 そうだな、たしかに間違いが起きるほどの色気は私にはない、ないが、正面切ってそれを言われるてむかつかないわけでもない。
「かつての可愛げはどこにいったの、征十郎」
「なまえこそ、前はせいちゃんって呼んでたろ」
「ぐう、痛いところを突く」
 征十郎が楽しそうに声を抑えて笑った。
 私は何も、楽しくないってのに。


 小学生の頃もそうだったけど、ふとしたときに見せる冷たい目が嫌いだった。
 笑っているけど、片方の琥珀色がどこか冷たく見える。

「俺はなまえのこと、好きだったんだよ」
 知らなかっただろ、って笑う征十郎の琥珀色が、俺は僕は私は赤司征十郎ではないぞって主張している気がした。



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