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あなたに愛されてしあわせ

 花が小さな丘をつくって私の足を隠してしまった。ぎりぎり、くるぶしは見えているだろうかというくらいの高さだ。
 右足を宙に投げ出せば、蹴られた花がぶわっと舞った。


 個性 : 花吐き
 人に恋愛感情を抱くと花を吐くようになる。

 そんな迷惑はなはだしい個性を有して私は生を受けた。
 父は近くのものを引き寄せ、母は花を吐く。つまりは母の個性をそのまま受け継いだわけだ。
 母を恨んではいないが個性は恨んでいる。


 いつどこで花を吐くか分からない。
 電車の吊革に掴まっていて花を吐くかもしれない。友達とご飯を食べていて花を吐くかもしれない。寝ているときに花を吐いてあやうく窒息しかけたこともある。
 恋が叶えば花を吐かなくなるのだと母さんは言った。が、恋が叶わなければ、その恋が冷めるまで花を吐き続ける。


 花を吐く以外なんの役にも立たない個性だ。
 無個性だからといじめられていたかと思えば、花を吐くなど気持ち悪いという理由で今度はいじめられた。
 個性を持っていればいじめられないわけじゃ、ないようだ。


 吐花のしすぎで喉が痛い。
 足元にできた、一部が崩れた花の丘にまたひとつ、花が落ちた。
 黄色いバラやベゴニアなんかが、花弁だけならまだしも、まるごと出てくるのだ。苦しくないわけがない。
「(ああ、もう。なんであんなやつ)」
 なんであんな、歩く爆発物みたいなやつ。
 それにこの個性だって、時間が経てば花は消えるとか、そういうものならよかったのに。なんだって残ったままなのか。
 花は消えずに「これがお前のあいつに対する感情だぞ自覚しろ」と主張する。
 それがどうしようもなく不愉快だった。消えてしまえ散ってしまえと内心毒づきながら、左足で花を蹴る。
 それでもあいつと目が合えば胸が高鳴り、それに呼応するように花を吐くのだ。


 はじめて吐いた花は、紫のライラックだった気がする。
 なんでだっけ、なんで吐いたんだっけ。いつ吐いたんだっけ。
 吐いた花は覚えているのに、時期と原因を覚えていない。まったく、どうしようもない記憶力だ。
 次に吐いた花は覚えている。白いツツジだ。
 場所は、…そう、図書室だ。たしか中二のとき。いつも無個性少年をどつきまわしてるあいつが、真面目な顔して難しそうな本を読んでたんだ。
 それを見たとき、あ、と思う間もなく喉の奥から柔らかいものがせり上がってきて、白いツツジがパサリと絨毯の上に落ちたんだ。
 幸いあいつは、爆豪はそんな些細な音には気付かなかった。私がいることにも気付かなかったと思う、あいつは本から顔をあげることをしなかったから。
 花言葉なんて知らないけれど、なんだか無性に自分が吐いた花が怖くなって気持ち悪くなって、ああもうこんなもの見たくないって、ツツジを掴んでゴミ箱に乱暴に突っ込んで。それから図書室を飛び出したんだった。

 それからはあいつを見かけるたびになにかしらの花を吐いた。
 優等生ぶって授業を真面目に受ける爆豪の背中をぼうっと見ていたときは、中心部分が黒くて花弁が多い 黄色のコスモスのような花を吐いた。
 脳内の八割を爆豪が占めていることに気付けば胸が苦しくなって、そんなときにはアネモネを吐いた。
 私に無関心な態度をとられたときには、爆豪の目の前で黄色いチューリップを吐いてしまってひとり青ざめた。が、顔色を伺おうとちらりと爆豪に視線をやったとき、既に爆豪は私のことなんか見てはいなかった。
 ほんの何秒かでもいい。私のことを、ほんの一瞬気にしてはくれないだろうか。そんなおこがましいことを考えてしまったときには、シロツメクサの花を吐いた。
 私の考えを、意思なんかないはずの個性に見透かされているようで、私は心底この個性を嫌悪した。

 こんな個性ならいっそ、無個性のほうがマシなんじゃないかって。
 無個性の彼には悪いけれど、そう思えてしまって仕方なかった。



***


 廊下に花がひとつ落ちていた。落とし主はわかっている。
 いつも花の甘ったるい匂いをさせてるあいつが視界に入れば、だいたい花が落ちているのだから。
 誰しも、自分の顔を見た直後に花を吐かれりゃ、嫌でも顔ぐらいは覚えると思う。
 落ちてる花を拾って手の中で爆破させれば、指が伸びるだけのモブが何か言った。
 こっちとしちゃあ「ああ、また落ちてんな」ぐらいの感情だというのに、勝手にトモダチになった気分でいるモブは「あいつやっぱりお前に気があるぜ」などとぬかす。
 くだらねぇ。他人の惚れた腫れたに、なんで俺が付き合わされなきゃならねぇんだ。それもモブなんかの。

 そう、思っていたのは数日前まで。
 机の上から跳ねていった消しゴムを拾おうと、少し椅子を引いて身をかがめたとき、隣のモブにそれを掻っ攫われた。
 そのことに多少苛立ちながら顔をあげれば、消しゴムを拾ったのは花の匂いをまとったモブだった。なんでこんなやつを覚えているのかと思うほど、モブという呼称に違わぬ地味な顔立ち。
 そいつは若干頬を赤らめたかと思えば、「あ、」と小さく言った。次いで、花を吐いた。花弁が外側に丸まった、小さな白い花だ。
 いつまで持ってんだと その薄い手から消しゴムを奪えば、蚊の鳴くような声でごめんと謝り、また花を吐いた。今度は崩れた白い薔薇みたいな花だった。
 次から次へと似たような花を吐くそいつの机はとうとう花が乗りきらず、床まで侵食した。
 それに気付いてか先公が、「みょうじ、またか」と声をかける。花を吐くそいつが、花を吐きながら途切れ途切れにすみませんと謝る。長い髪から覗く耳は真っ赤だった。

 そういえばこの光景は、前にも見た。
 ピンクの菊みたいな花を、今と同じように机に山盛り吐いたんだった。そんときの教師の反応は今と同じようなものだった。
 なんでそんなに吐いたんだったか。そもそもいつ頃吐いたんだったかも覚えちゃいない。
 そんときは顔どころか、存在すら認知しちゃいなかった。


 一度そいつの存在を認識し、顔を覚えてしまえば、自然とそいつが吐く花に目がいった。
 いつも似た花同じ花。黄色いバラだのチューリップだのは当たり前。たまにシロツメクサを吐いては今にも泣きそうな、それでいて嫌悪を顕にしていた。
 花を吐いてはゴミ箱に捨てるか、いつまでも履き続けるなら静かにトイレへ行って吐いていた。
 そんなに自分の個性が嫌いなら、無個性で悩んでるデクにでもあげりゃあいいんじゃねぇか。そんな言葉を浴びせても、あいつは頬を染めてなんらかの花を吐いた。



 帰り道にぽつりぽつりと一定の距離を開けて、赤と黄色の金魚みたいな花が落ちていた。シロツメクサがときどきその隣に落ちている。
 拾ってやる義理もないが、花の続く先は俺の家がある方角だ。俺の家に着く前に、小さいがゴミ箱がある公園がある。そこについでに捨ててやろうと、落ちている花を拾いあげた。

 公園に着くまでに片手じゃ持ちきれなくなって、ああ面倒くせえと花を燃やした。するとそこの曲がり角に人がいたらしく、爆発音に驚いてか小さく悲鳴があがる。どこかで聞いた声だった。
 十字路までにも花はふたつみっつ落ちているが、俺はそれを拾うことをせずに大股で曲がり角まで向かう。
 隠れるようにしてそこにいたのは、あの花を吐く女だった。個性ゆえか、花の匂いが鼻腔をくすぐる。
 おずおずと顔をあげて俺を認めると、即座に頬を赤らめて「ばくごうくん」と呟いた。また、あのピンクの菊みたいな花を吐いて、困ったように吐いた花に視線を落とす。
「お前、その花」
「あ、うん、ごめんなさい、個性なの…」
 口の中で喋るような話し方だった。随分と聞きづらい。
「んなこたぁ知っとるわ」舌打ちを交えて言えば、困惑したように俺を見上げる。
 その頬は未だ赤いままで、誰が見たってこいつは俺を好きだと一目でわかる。自惚れなんかじゃねぇ。
「花言葉だよ、知ってんのか、お前」
「おかあ、さんに聞いて…いちおうは」
 シロツメクサとそれと両方言え、と半ば脅すように言うと耳まで赤くして、えっと、と口ごもった。しばらくそうしていたかと思えば、もごもごと口の中で何か呟く。
 当然耳に入るはずもなく、はぁ?と聞き返すと、今度はしっかり口を開いて、けれどやはりかぼそい声で、花の名前と花言葉を口にした。
 いいぜ、と肯定の意を告げれば顔をあげた。今度は首まで赤くして目を見開いた。ほんとに、と震える声で言うそいつの口から、ツツジに似た白い花がこぼれ落ちた。




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