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そういうときだけ名前を呼ぶのか

 かっちゃん、かっちゃんと俺のあとを着いてまわる妹が可愛くて仕方なかった。幼馴染しか呼ばぬ愛称がいつしか兄さんに変わったのがどうにも苦しかった。
 また前みたいに呼んではくれないかとは思うものの、それを口に出してしまうのはなんだか癪だった。それも相俟って、妹の目につかぬところでデクに苛立ちをぶつけていたのかもしれない。



 昔から、かっちゃん、かっちゃんと兄のうしろを着いてまわっていた。兄とは言っても私たちは双子で、兄さんのほうがほんの何分か、はやく産まれただけだ。
 兄を、出久さんの真似をしてかっちゃんと呼ぶと、兄さんは嬉しそうに笑って返事をくれた。私はそれが嬉しくて、かっちゃんと呼んでいたのだと思う。
 個性が発現したあたりから、兄さんは出久さんに対抗心を燃やしていじめるようになった。私がそれを咎めると、今度は私の視界に映らぬ場所でするあたり、みみっちい。
 先生は先生で、兄さんの頭の出来がいいから猫可愛がりして、その場面を見ようとも咎めることはしない。母と、私ばかりが兄を矯正しようと奮闘する。
 私に優しくしてくれる兄は好きだったけれど、出久さんをいじめる兄は好きではなかった。そんな反発心から、兄さんと呼ぶようになったのかもしれない。



 「好き!」を最大限に凝縮したような「かっちゃん」という呼び方が好きだった。
 それが、もうなんの感慨も湧かないと言うような声の「兄さん」に変わった。ほんの何分かしか変わらないのに、兄さんと、どこか余所余所しく呼ぶことがひどく腹立たしかった。
「そんなにヒーローに就きてぇんなら、効率いい方法あるぜ。来世は個性が宿ると期待して、屋上からの…」
 ワンチャンダイブ、は、口から出てこなかった。軽蔑を含んだ「兄さん」が冷たく放たれる。俺を兄と呼ぶのはいつだってなまえだけだ。
「勝己兄さん、帰ろう」
 随分と久方ぶりに名を呼ばれたもんだと思った。見れば、俺と同じ顔が教室の出入り口に立って俺を見ていた。
 馴れ馴れしく俺を呼ぶ狼狽した声を無視してなまえの前に立ち、成長期に入ってから差がついて、だいぶ低い位置にある頭を見下ろす。身長差のせいで上目に俺を見上げるなまえに優越感を覚えた。
 どけよ、と言えば、のろのろと横にずれる。教室の奥でへたりこむデクに視線をやって、薄く唇を動かしていたのを見逃さない。
 なんだ、結局はデクかよ。



 どれだけ騒がしくとも私の声に反応を示すところや、どれだけ苛立っていても私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる兄さんが好きだった。だからそれゆえに、出久さんをいじめる兄さんは好きではなかった。

 少し前を歩く兄さんの背中は、遠い記憶の中のものよりずっと広く逞しくなっていた。
 打倒オールマイトを掲げて高額納税者ランキングに名を連ねるのだと豪語する兄は、いつだって私の先を行く。私に隣を歩かせてなどくれないのだ。
「兄さん、私は兄さんが好きだけど、出久さんを目の敵にしてねちっこくいじめる兄さんは好きじゃない」
 ぴた、と足を止めて振り返った。出久さんの名前を出すと、兄さんは決まって嫌悪を顕にする。兄さんは、私が出久さんの名前を出すことすら嫌なようだった。
「何が、どう違うんだよ」
「死ね、ってのは言いすぎだと思う」
「言ってねぇよ」
「同じ意味でしょ」
 兄さんは何かあると唇を突き出す癖がある。感情が表に出やすい人なのだ。

 私が兄を兄と呼ぶようになってから、ときたま名前をつけて兄さんと呼ぶと、兄は少しほっとしたような顔をする。それから落ち着いた声で、なんだよ、と。
 その声が好きで、私は兄をそう、呼ぶときがある。
「勝己兄さん、あまりいじめてると内申に響くよ」
 短く息を吸う音がした。ほんの少し間があいて、ああ、と短く。
「わかってる」



 デクを好きなんだと思ってた。俺のほうが個性も強いし頭もいいし運動も。それなのにいつも、デク、デク。
 デクのことは名前で呼ぶのに俺は「兄さん」だ。たしかに兄だ、ほんの何分か俺のほうが先に産まれた。
 けど、なあ、昔はかっちゃんって呼んでたろ。恥ずかしいとかそういう理由じゃねえなら、また昔みてぇに。
「兄さん、勝己兄さん、どうしたの」
 覆いかぶさるように細い体を腕の中に閉じ込める。顔を胸に押し付ければ、細い腕がうろうろとしてから俺の背に手をまわした。
「…勝己兄さん、ここ外だよ」
 なまえはやめてほしいときに、俺を呼ぶ。無機質な「兄さん」ではなく「勝己兄さん」と。




そういうときだけ名前を呼ぶのか

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