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無題

※個性持ち


私には、手が四本ある。人には私の腕は二本あるようにしか見えないらしいし、実際写真に写る私も、腕はしっかり二本だけ。けれど鏡の中の私には、腕が四本ある。
正規の二本の腕は背景が透けてなんかいないし、しっかり人の肌の色をしているし、私の体に見合った長さだし、ちゃんと肩から生えている。けど、そうでないほうの腕は、肩甲骨のあたりから生えていて、背景が微妙に透けていて、グレーの色をしていて、それに子供みたいにぷにぷにしている。関節はないようで自在に曲がる。
私には目に見えるような個性がないから、きっとこれが、私の個性なのだと思う。でも人には視認できないから、私は他の人からすれば「無個性」なのだ。見えない個性など無個性と言っても過言ではないのだろう。

腕は、私の聞きたくない言葉を遮断してくれる。私が見たくないものを、目をおおって隠してくれる。私がよくないことを言いそうになったら、口をおおってくれる。
とてもいいものだ。私にとって、都合のいいもの。


ちなみに鏡に写る非正規の腕は、私以外の誰かにも見えるらしい。小学生のとき、トイレ内の洗面台を使っていたら、クラスメイトにギョッとした顔をされた。
なに、って聞いたら、「あんたのその手、なに」って震える声で。
「手?」
「その子供の腕みたいな、灰色の…」
そう、見えるんだ、って。でも多分、これはあまり人に見せちゃいけないんだろうな、とも思った。
その頃からか、私が鏡の前にいる間は、鏡の前を通る人たちの目を、この腕がおおうようになった。目隠しをするみたいに。
便利だなあ、と思っていた。


「おいモブ、そこどけよ」
ヤンキーさながらの発言に振り返ると、そこにいたのは案の定爆豪くん。
彼は幼馴染であるが、無個性の私には欠片ほども興味を持たない。興味がなければ情なんてものもあるわけがなく。けれど出久くんよりはだいぶ上に見てくれている。だから爆豪くんにいじめられたことなんか一度もない。
「ごめん…」
上履きをしまおうとしていたロッカーの戸を一度閉めて、反対側のすのこに飛び乗ってロッカーを譲る。爆豪くんは少しつまらなそうな顔をしてから、自分のロッカーを開けて外履きを出した。
爆豪くんとその取り巻きがいなくなってから私も靴を履き換えて外に出ると、爆豪くんが校門によりかかっていた。
誰かを待っているのだろうかと素通りしようとすると、聞きなれた爆破音がひとつ、ぼん。その音に体を震わせ、おそるおそる爆豪くんを見ると、おっそろしい顔で私を睨んでいた。
「なに無視しようとしてんだよ、なまえのくせによ」
「誰か…待ってるのかなって…」
「俺がそこらのモブなんか待つわけねえだろ」
方向同じなんだ、帰るぞ。そう言って校門から背を離した爆豪くんは数歩歩いて振り返る。少し放心してしまって動けないでいる私を見ると、大股で近付いてきて私の腕を掴んでそのまままた歩みを再開した。
なんで、急に一緒に帰ろうだなんて言い出したんだろう。いままでそんなことはなかったのに。
少し前、ヘドロのヴィランに捕まったんだって、ニュースでやってるのを見た。そのときに、出久くんとなんかあったんだろうか。
「あの…」
「…んだよ」
「分かれ道…過ぎたけど…」
引かれるがまま歩いていたら、いつの間にか、私の家と爆豪くんの家の間の分かれ道は過ぎていた。いつもなら、あの分かれ道で私が左に曲がるんだ。まっすぐ行ったら爆豪くんの家に向かうことになる。
「昔はよく、俺んちで遊んだろ」
「そう…だっけ…」
「そうだったろ」
なまえのくせに、忘れてんなよ。そう、爆豪くんが言ったとき、爆豪くんの家の前に着いた。ポケットから出した鍵を鍵穴に差してくるりとひねる。ガチャリ、解錠される音。
そうだっけ、とは言ったけれど、事実、私は忘れてなどいなかった。昔は、爆豪くんじゃなくて勝己くんて呼んでたし、出久くんともよく遊んでいた。
でも、学年が上がるにつれて、爆豪くんの出久くんいじめがエスカレートしていったから、今度は私かもと思って、あまり関わらないようにしていたのだ。だって爆豪くんは、出久くん相手に、個性を使うから。もしかしたら私にも、と、思って。


爆豪くんが私が個性持ちと知ったのは、小学生のときらしい。私が鏡の前を通ったとき、鏡に写る私の背中から、だらりとしたグレーの腕が二本、下がっていたんだとか。
それを問い詰められたときは、怖かった。爆破の個性を使われるんじゃないかって。
自分でもよく分からないものを人に説明するのは本当に大変で、しゃくりあげながら説明したら、爆豪くんは案の定個性を使った。それが怖くてわんわん泣いたら、今度はおろおろしながら悪かったから泣くなって、乱暴に私の目元を袖で拭いたのだった。

爆豪くんの部屋に通されて、私はいま、爆豪くんと向かい合わせに座っている。ベッドを背もたれに片膝を立てて座る爆豪くんと、その前に正座する私。更に私のうしろには、おおきな姿見がある。これは爆豪くんが使うんじゃなくて、私の非正規の腕の動きを知るためらしい。
「顔上げろよ、なまえ」
背中を丸めて膝の上で握った手を見つめていたら、爆豪くんに促された。少しびっくりして、そろそろと顔を上げると、爆豪くんは私を見ているようで見ていないような、そんな目をしていた。
爆豪くんの視線を追おうとすると、こっち見ろと頭を掴まれて前を向かされる。無理に首を動かされたものだから、嫌な音がした。
「触るぞ、逃げんなよ」
「あ、え、」
爆豪くんが立てていた膝をおろして身を乗り出した。そのことにびっくりしていたら、今度は両肩を掴まれる。そのことで、顔の距離がぐっと近くなった。
びっくりしていたら、肩を掴んでいた手が背中にまわされて、つよく抱き寄せられた。肩口に顔を押し付けるように後頭部をおさえられて、背中にはしっかり腕がまわされて、思わず爆豪くんの制服を掴んでしまった。
「あ、あの、ばくごうくん、」
「なあ、昔みたいに呼べよ」
非正規の腕が動いたのが分かった。爆豪くんの言わんとしていることを察したのか、はたまた私がそれ以上は聞きたくないと思ってしまったのか。子供のもののような腕が私の耳をふさぐ。
少し、爆豪くんが体を離した。非正規の私の手に重ねるように、私の耳をおおう。爆豪の赤い目が私を射抜く。
「そんなもんに頼ってんなよ」
他人の熱でどろりと溶けた手が、ぼたぼたと私の制服に落ちて、爆豪くんの声が聞こえた。
「ちゃんと、聞けよ。なまえ、」
どこか悲しそうな目で、爆豪くんが言う。
なんでそんな顔、するの。



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