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きみを構成する物質xになりたい

 
 細かいもの、たとえば日用品で言うなら筆箱やシャーペン。普段身につけるものならアクセサリーもそうだし、私服もそうか。下着はなんとか死守しているが、それにも干渉されるのはいつになることやら。
 グズで情けない幼馴染と似た性質の、女の幼馴染。そいつの行動の根本には俺という人間が存在する。あいつが怒る理由は俺、あいつが泣く理由は俺。あいつが真面目に勉強するのは俺と同じ高校に行きたいからで、あいつが自分の個性を嫌うのは俺の劣等型だから。
 もしかしたらあいつは、俺のためなら命をも投げ出せるのかもしれないなどと考えたとき、心臓がスッと冷えるような恐怖を覚えた。あいつが死ぬことに、ではなく、俺のなにがあいつをそこまでさせるのか、ということに。


 はじめてあの自由気ままな幼馴染に物をあげたのは、たしか小学生のときだった。あげたなんて言うと誕生日プレゼントかなにかだと思われるかもしれないけれど、そんな大層なものじゃない。
 きっかけは一本のシャーペンだった。0.5mmの、コンビニでもよく見かける、ただのシャーペン。黒い色で、持ち手がグリップじゃなくて金属だった。シンプルなデザインが気に入っていた。
「おい、シャーペン忘れた。よこせ」
「ええ…」
 それが、たしか、最初。一週間経っても返ってこなかったシャーペンは、その後しばらく、その幼馴染の筆箱の中にしまわれていた。それから何度か、幼馴染がそのシャーペンを使っているのを見かけたから、きっと彼はそのシャーペンをお気に召したのだと思う。

 それからバレンタイン、ホワイトデー、彼と私の誕生日、クリスマス。私は幼馴染になにかを贈った。最初は本当に大したことなかった。文房具、筆箱、アクセサリー、腕時計。そんな数百円、数千円程度のものが幼馴染を囲うようにまわりに置いてある。まるで私が、幼馴染を構成しているのだと、そう錯覚しそうになる。それからだんだんエスカレートしていって靴や服、置き時計。なんなら下着だって揃えてやろうかとも思ったけれどそれは拒否された。


 グズな幼馴染と似た性質の、けれどあいつより気が小さくて臆病なあの女…みょうじなまえはきっと、俺のことを好いていた。それが行きすぎた友愛か、はたまた恋慕かは分からない。俺には関係のないことだ。
 気付くと身のまわりのものが、あいつからもらったもので埋め尽くされていた。文房具、筆箱、腕時計。果てには上着や靴、登山用リュックまで。
「ハッピーバレンタイン!かっちゃん甘いの苦手でしょう?だからチョコの代わりにプレゼント!」
「誕生日おめでとう、なにか欲しいものある?」
「ハッピークリスマス!クリスマスプレゼントなにがいいか思いつかなかったから、一緒に見に行こうよ!」
「私今日誕生日なんだ、だからなにかプレゼントさせて!」最後のこれは意味が分からなかった。
 はじめはシャーペンだの筆箱だの、そういった些細なものだった。いつの日かのイベントのときに箸をもらった。いつぞやの誕生日にはCDプレーヤーをもらった。いつか誕生日には恋人をあてがわれそうだと苦笑したのは、何度めのイベントだったろうか。
 あいつは自分の誕生日になにかをねだることはしなかった。いつになく気分がよかった日に、なにかやろうかと提案したとき、あいつは断固として首を横に振った。「そんなおこがましいことできないよ」とあいつは言ったのだ。
 俺はあいつに気を許していた。きっとあいつを好きだった。少なくとも物をもらう程度には。

 いつかの誕生日に父親にもらった腕時計を身につけたことがあった。たしか、夏の、あいつの誕生日に。その腕時計を目ざとくも目にとめて、震える声で「それどうしたの」と。


 たとえば好きな人が持っている日用品と同じものは、自分も手元に置いておきたい。たとえば同じ色で同じ芯の太さの同じシャーペンを、たとえば同じ店で購入した同じ色の同じ形の筆箱を。たとえそれが安物だろうが如何に高級だろうが、だ。自分の部屋が好きな人と同じものでいっぱいになるのはいやに心地がよかった。それこそ癖になりそうなくらい。きっともう、すでに手遅れなんだろうけれど。
 そう、だから、かっちゃんが私があげたものとは違う腕時計をつけていたとき、私はすごくショックだった。たとえるなら、自分の部屋に勝手に親が入ってきて勝手にレイアウトを変えていった、みたいな。多少物の配置が変わった程度であれそうでなかれ、他者が干渉したというのが問題なのだ。たとえばその腕時計の贈り主が、かっちゃんのお父さんであろうと。


 あいつの目に映る世界はどんなのだろう。まるであの目に痛いギラギラ光る折り紙みたいに輝いて見えるのか、はたまた俺以外は色褪せて俺にだけ色がついて見えるのか。

「かっちゃんは強個性でいいなあ。頭もよくて、運動もできて、ルックスも」
 あいつは俺を褒めるとき、必ずそう言った。そしてそのあと、なにかしら、俺に頼みごとをする。ハグしてほしい、頭を撫でてほしい、連絡先がほしい。泣きそうな顔で作り笑いをして言うものだから哀れに思って、俺はその願いを聞いてやったものだ。トークアプリのIDだけじゃ心許ないだろうと気を利かせて、携帯の番号とメールアドレスと、家の番号と住所まであいつの携帯に俺自ら打ち込んでやった。そうしたら死にそうな顔して「そこまでしなくていいのに」だなんて言うもんだから、遠慮すんなと髪をかき乱してやったのは記憶に新しい。
 あいつの俺を見る目が、崇拝にも似た色を乗せていたから、ああそれで気分がよくなっていたのかもしれない。


 友達によく聞かれたものだ。「爆豪と付き合っているのか」と。私は決まって、それは違うと返してやった。「私が一方的に慕ってるだけだよ」と。すると、まあ中学生の女の子なんて恋がしたい盛りだから、片想いだ一方通行な愛だと私を置いて盛り上がっていた。楽しそうでなによりだなあと、どこかうしろめたい気持ちを抱えていた。
 そう、私は幼馴染を好いている。粗暴で勝ち気で喧嘩っ早い幼馴染を。けれどそれは、付き合いたいというラブではない。ならばただの好意ライクでもない。行きすぎた友愛、交際にまでは考えが及ばぬ恋慕。どちらも当てはまるようで当てはまらない。崇拝?そう、崇拝している。だけれどかっちゃんは神かと問われればそれもまた違う。かっちゃんは神様ではない。所有物ともまた違う。
 さて、私にとってあの幼馴染はどこに位置するのだろうか。




 両の手で触れたものを爆破させる。それが私の有する個性だ。掌を爆破させる幼馴染の下位互換とも言える。彼にしてみれば「没個性」だろう。
 これは黒歴史にも相当するものなんだが、私という人間はおこがましいことに、“かっちゃんのすべてを構成するなにか”になりたかった。たとえばかっちゃんの私物を揃えるのは彼の母親でも彼自身でもなく私がよかった。爆豪勝己という人間を構成するに至るその根底に深く根付くのは出久じゃなくて私がよかった。なにかあったときにかっちゃんが頼るのは彼の両親ではなく私がよかった。かっちゃんが罪悪感を覚える相手は私がよかったし、かっちゃんが「しあわせにしたい」と思う相手は私がよかった。私は誰よりかっちゃんを好きな自信があったし、そこらのモブよりかっちゃんに好かれている自信があった。
 つまるところ私は、そんなおこがましいにも程がある考えを持つほどには自惚れていた。

 かっちゃんにどんな恨みがあるのかは分からないけど、それでもかっちゃんに敵意を抱く人は総じて私の敵なのだから、私がその人に敵意を抱くのもまた必然。おかげで腕が片方吹き飛ぼうとも、かっちゃんが傷ひとつ負っていないならそれで充分なのだ。
「てめぇに庇われる筋合いなんかねぇぞ…!」
 病室に見舞いに来てくれたかっちゃんが嫌悪感と罪悪感を全面に押し出してそんな天邪鬼なことを言ったって、私はまったく響かない。ありがとうだなんて言われた日には地球が滅びるだろうから、たとえ自分のせいで幼馴染が隻腕になろうが、そんなの意に介さないでくれていいのだ。
「私が勝手に腕落っことしただけなんだから、気にすることないのに…」
 そう言っても、かっちゃんはつらそうな顔をしたままだ。いっそ、そうだお前のせいだと責めたほうが、かっちゃんは気が楽になるのだろうか。
 ああでも、私が気にしないでと言い続ける限りかっちゃんがずっと自分を責め続けるのなら、それもまたいいのかもしれない。


きみという一人の人間を構成するに至る細胞にも似た、名もなき物質xになりたかった。
 それが物であれ記憶であれ、きみの根底に私という一人の人間が居座り続けるのなら、なんだって構わない。
 



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