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無題

※胸糞?
※個性 お裾分け 自分の感情を幸や不幸に変換して他人にお裾分けできるぞ!


 私の想い人兼幼馴染がまた性懲りもなく恋人をつくったらしい。通算八人目だ。
 女も女だ、「爆豪と付き合うと不幸になる」だなんて噂を耳にしながら、自分は大丈夫だと高をくくって爆豪に挑む。爆豪は爆豪で、断る理由もないからと承諾する。ああ、もう、いちいちあなたの目の届かぬところで女に不幸のお裾分けをする私の身にもなってくれよ。


「マツイさんって、います?」

 普通科の教室を覗き、近くに座っていた女子生徒に尋ねれば、彼女は食堂に行ったと思うとそう返ってきた。
 そういえば爆豪は、週に二度ほど食堂で食べる。教室を出るとき彼はいなかったから、今日がその日かもしれない。
 出遅れてしまったか、と若干後悔しながらも忘れずに礼を述べると、用があるなら伝えておきますよ、と女子生徒は言った。

「私、ヒーロー科一年B組のみょうじです。放課後に教室で待っていて、って伝えてください」
「分かりました、いいですよ」

 人の良さそうな顔で笑って承諾した彼女に、もう一度礼を言って普通科の教室を離れた。はやく購買に行かないとパンが売り切れてしまうのだ。昼も食べずにこのあと実習授業を三時間受けるというのは流石にきついというものだ。ダッシュで購買に向かって残り一つだったたまごパンを購入し、屋上の踊り場に座って一人寂しくパンを食べた。


 コスチュームから制服に着替える僅かな時間すらも惜しかった。はやく、はやく着替えて彼女の待つ教室に行かなくては。気が急いて、ネクタイを結ばず手で持って、帰りのHRのために一度教室へ駆け込んだ。けれどいくら私ばかりが急いでも、担任やみんなが集まらなきゃHRは始まらない。教卓について待っていた担任が、はやいなみょうじと私をからかった。
 HRが終わった瞬間にかばんをひっつかんで教室を飛び出した。隣はまだHRが終わっていないらしい。好都合だった。爆豪が恋人といつも一緒に帰るのかは知らない、流石にそこまで把握しているわけではない。ただ、もし、今日も一緒に帰る話をしているのなら、彼よりはやくあの女と話をする必要があった。
 閉ざされているうしろの戸を乱暴に開け放つ。すると一番うしろの真ん中の席に座っていた女子生徒が過剰に反応して私を見た。怯えた目が私を捉え、震える声が私の名字を紡ぐ。

「マツイさん?待たせてごめんなさい、みょうじです」
「このあと勝己くんと一緒に帰るから、手短に…」

 カツキ、と、馴れ馴れしくも爆豪を下の名前で呼ぶその女に、どうしようもなく殺意が湧いた。ぽっと出のお前がどうして急に彼女面をするのか、と。それを許している爆豪も爆豪だ、まんざらでもないと言うのか。むかつく、ちくしょう、ちくしょう。十年以上も前からずっと一緒にいたのは私だっていうのに、どうして、私じゃない女を視界に映すの。感情を押し殺して冷静になれよと自分に言い聞かせる。無理矢理に笑顔をつくってマツイに近付く。

「マツイさん、爆豪のカノジョになれてどんな気持ち?幸せかな」
「え、そりゃ…」
「だよね、幸せでないはずがないよね。そんなあなたに “不幸のお裾分け” 」

 伸ばした手をマツイの頭上にかざす。正の感情を不幸に変換する。ぼうっとてのひらが淡く光った。どこか冷たさを感じる青白い光だ。私の言葉にか、てのひらの光にか、マツイがガタリと音を立てて背を仰け反らせた。無駄に不幸をばら撒きたくないので個性を使うのをやめれば、個性の使用は禁止されているでしょうと、もっともなことを言われた。

「でも、私が個性を使ったって、誰が知っているの?」
「今、あなたが、」
「みょうじが個性を使って自分を不幸にした。そうわめきたいならわめけばいいけど、誰もあなたの話なんか信じてくれやしないと思うよ?私は無個性で通ってるから」

 あなたなんなの、とマツイの唇が動く。答えてやろうかと口を開きかけたとき、背後、教室のうしろの戸からオイと声がかかった。マツイが顔を輝かせてカツキ、と。今までこの場面に立ち会ったのはこれで八度目だ。輝かしい顔を見たくなくて、ゆるりと振り返れば、爆豪の赤い目が私を射抜いていた。

「お前、またやってたんかよ」
「ちょっと話してただけじゃん」
「いい加減にしろよ」

 帰る、と短く言う爆豪に、マツイは待ってよと猫撫で声を出した。すれ違い様に私を見て、したり顔をする女に、ああこいつはと、確信めいたことを考える。きっと罰ゲームか何かで告白したらオッケーされちゃった、みたいなそういうやつなんだろ。カツキは私が好きよ、あなたは相手にされなくて可哀想とかそう言いたいんだろ。むかつく、むかつく。そんな考えで爆豪の隣を陣取るだなんて図太いにもほどがある。そこはお前の立っていい場所ではない。…なんて言えればどんなに楽か。今回 “お裾分け” した不幸はいつもより純度が高かったから、最悪死ぬかもしれないな、なんて、ほくそ笑んだ。




 なまえが俺のカノジョを片っ端から不幸に追いやっているのは知っていた。あいつは自分を無個性だと偽っているが、本当は自分の感情を幸や不幸に変換して他人に与える個性だ、というのも知っていた。
 本来ならば、こんなことはやめろと止めるべき立場に俺はいるのだろうが、あいにくと俺はそんな優しい人間じゃあない。あいつが俺のことを好きなのも、好きだからこそ俺のカノジョに不幸を与えるのも知っている。デク以上に俺に干渉してこないくせに、俺の知らないところで俺に干渉している。
 ひどい女、悪魔みたいだと言う奴もいるが、俺には親の気を引きたくていたずらするガキにしか見えない。
 なあ、俺は、お前が俺に好きだと言いよって来さえすれば、もう馬鹿な女を相手にするのはやめるんだぜ?
 翌日、雄英生がどこぞで交通事故に巻き込まれたと朝のニュースでやっていた。昨日駅までくっついてきたあいつは、俺の知らないところで車に撥ねられたらしい。もしこのなまえもこのニュースを観ていたなら、きっと飛んで跳ねて喜んでいることだろう。もしかしたら自分のせいだと自己嫌悪に陥っているかもしれない。もし前者なら俺はまた別の女を見繕うし、もし後者なら優しく抱きしめてお前のせいじゃないと言ってやろう。そんなことを思いながら制服のブレザーに腕を通した。



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