ずるいおとな
自分より10も20も大きい廉造さんは、煙を吐く煙草を咥えて私を見下ろす。その表情はまさに「無」で、何を考えているのか分からない。
他の女の人にするようにニヤニヤしてみればいいのに、廉造さんは私にそんな顔をしたことはない。自分は廉造さんにとって特別なのかもと思う反面、どちらの意味で特別なのかが分からないから、嬉しくもあり悲しくもなる。
「今日はポニーテールなんや。」
廉造さんが言葉を発すると、咥えた煙草が上下する。
「まあ…暑いので。」
「一昨日はツインテールで、その前はハーフアップ…やっけ? ここだけ後ろで結んどるの。」
ここ、と自分のこめかみに触れる。そのときの髪型を再現したいのか、短い髪で頑張る姿が微笑ましい。
とても、五つも歳が上だとは思えない。
「ハーフアップです。よく覚えてますね。」
「まぁ見とるしなぁ。」
見てる、という言葉にドキッとした。けれどすぐ、この人お得意のお世辞だと思い出して気分が落ち込む。
「……俺、ポニーテールよりお団子のが好きや。ほら、お団子はうなじ見えるやろ? うなじが見えとる方がえろいやん。あーでもなまえちゃんのうなじを他の奴に見せるのは嫌やなぁ。」
無骨な手が私のうなじを撫でる。下から、上に。髪の生え際に触れられて、気恥ずかしくなってうつむいた。
ふふ、と笑った廉造さんの息が頭頂部にかかる。
銘柄が違うとにおいも違うのか、私の父か吸う煙草とは違う甘いにおいがした。
ずるいひとだ。と、思う。
以前、好きだと言ったことがある。そのときに軽くあしらわれて以降、時々こうして、私をからかうのだ。
けれど廉造さんを好きなことは変わらずで、やめてくれと言えない自分がいる。
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