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名無し

「な〜。いー加減名前教えてくれてもいーんじゃねーのー?」
 

 組んだ腕を机に置いて、その上に顎を乗せて上目に私を見上げるシャチの、サングラスの奥の瞳と視線がかち合う。
 名前、名前、名前。頭の中で、ゴールが無い一方通行の迷路のようにその単語がぐるぐる回る。名前、名前、名前。

 エリザベータ、シャルロット、アンジェリカ。

 どれも実際に自分が呼ばれた名前だが、堂々と人に「これが私の名前です」と紹介できるようなものではない。少なくとも私は恥ずかしい。もっとまともな名前が良い。
 名無し一号、なんて。厨二を拗らせた少年少女が考えそうなあだ名だけれど、名乗る分には悪くないかもしれない。


「なまえ、無いんだ。お前とかあんたとか、今までみたいに自由に呼んでよ」


 名を問われる度、何度この言葉を言っただろうか。最早テンプレートと化した文章を、朗読でもするように読み上げた。
 

「名無しでも良いよ。シンプルでいいんじゃない?」
「外で『名無し』だなんて呼ばれても良いのかよ、お前。恥ずかしくねぇの」
「勿論良いよ。私、呼び名に固執はしないの。まぁ君が嫌だって言うならもっと別の名前を考えるけど」


 にこりと笑って答えれば、シャチは不服そうに眉を寄せた。
 



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