胃液に溶ける耳飾り

「また増えてやがンの」

 ぼんやりとソファで煙草をふかしていると、ホルマジオに後ろから耳を強く引っ張られた。抗議しようと睨みつけるが、そいつはケラケラと笑いながらエアコンを消して、しかも窓まで開きに歩き始めている。

「おい」

 手を伸ばして服でも引っ張ってやろうかと思ったのに、それも届かない。

「換気して、ついでに環境にも優しくナ」
「タコ! オレに優しくねーよ」

気前良く開け放たれた窓からは、白い冷気と入れ替わりに一気に熱のこもった風が入ってくる。すぐに額に汗が滲む。夏だ。うんざりするほど、夏だ。
 深くため息をつくと、ホルマジオの品定めするような視線がこちらに投げかけられた。

「勘弁しろよ……ホルマジオ。暑ィ」

 それも、少しだけ鼻にかかった声で名前を呼んで甘えて見せれば、とろりととろける。

「ずっとクーラー浴びっぱも体に悪ィの。あと、ピアスも開きすぎ。これでいくつめだよ」
「し、ら、ね」

 おかしな男、口煩い男に、わざと見せつけるように穴を開けたばかりの舌を突き出す。

「最近、あけたがるヤツが多い」

 鼻先で笑うとホルマジオはいつもみたいに目を細めて、くしゃくしゃとオレの頭を撫でた。ソファに座るオレの前に跪いて、「それは、オレも入ってんのか?」耳朶の丁度中心に空いたホールを指でなぞる。

「アンタは、まじで開けたがりだよな」

 それから、男はそのままそこに舌を押し付けた。

「ふ……ぅ」

 生暖かく湿った感触に、反射的に食いしばった歯から息が漏れる。匂いを嗅ぐように微動する鼻からの息が擽ったかった。

「ホル、マジオ?」
「銀の薔薇」

 鈍く光るシルバーを重点的にねぶられ、しゃぶられ、何が楽しいのかオレの固い胸に節くれだった手が重なる。心臓の音を吟味する掌は、しっとりと汗ばんでいる。シャツの上からでも分かった。
 肉厚の舌が耳の裏まで丹念に這わされる。痙攣するように瞼がひくついた。

 動きまわるそれは、オレの弱いところを知り尽くしていて、「ぅ、……っく」噛み殺せない声、泡立つ肌、うつむくように目を伏せると日に焼けた首筋。
 手持ち無沙汰な腕をそれに回すと、ますますかかる息が背筋を冷やした。

「なァ、ってば……ッ!」

 悲鳴のような声が口をつく。それと同時にピアスのキャッチが、からめられた発音器官に器用に押し外された。
 
 ホルマジオは耳元に埋めていた顔を離して、強い視線でオレを見る。
 べ、とさっきオレがしたように出された舌。その上乗せられたピアスは唾液に濡れててらてらの光っていて、男は飴玉をするようにそれを口内に戻した。

 しかも――、ごくり。

「……ふ、はははは! サイッテーだなアンタ! まじ飲み込んだの?」

 一瞬ア然として、オレは腹を抱えた。なんてことをやってのけるんだ。
 イカれてるぜと丸められた背に手を回して、ホルマジオは低く笑う。

「こんな安っぽいの、オレが開けてやったホールには似合わない。そうだろ、」

 絡みつくような独占欲とは違う、受け入れて、取り込むような所有者特有の笑み。こいつは時々そんな顔をして、

「ロゼット?」

 確かめるように唇を重ねた。今も、そう。固く妙な弾力のある男のそれは汗の味がする。舌は金属の味がする。

「腹壊しても知んねェからな」
「お前に看病されるなら、それも悪くねーなァ」

 (まだ俺の猫は可愛いか?)と、繰り返される確認作業。
 笑ったのもキスを拒まなかったのも正解だったのか、ホルマジオは勝ち誇るように腕の力を強めた。

「ばか、言ってんな」

 それでもオレは、噛み付くことも爪を立てることも出来ない。

「(命綱は"愛らしさ"なんて)」

 求めるこいつもイカれているが、いまだに捨てられることを恐れる自分も自分だ。あの骨まで溶けるような甘やかしが、これを狙ってのことなら、効果は"抜群"なんだろう。

fine
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