「味見でもするか?」
プロシュートは足元にまとわりつく猫にでも話しかけるように、優しく、見下した声でそう言った。オレはこいつのそういうとこが嫌いじゃなかったし、やつも料理の片手間でオレを構うのもまんざらじゃなかったと思う。
冷たいキッチンの床に座り込んで、プロシュートが鮮やかな手つきで料理をしているのを見るのが好きだった。大雑把な手つきでそれなりにテキトウにこなしていくのに、すぐにいい匂いが立ち上る。イルーゾォなんかは重いだとか肉ばっかだとか油っぽいだとか言っていたけれど、「草ばっか食ってるからそんなに顔色が悪ィんだよ」とプロシュートは一蹴した。
「ん」
差し出されたナイフに刺さる肉片を、オレはぱくりと口にした。濃い塩味とガーリック、オリーブオイルにだけは妥協をしないかわりに、メインのはずの肉は安物だった。
「うまいだろ」
「まあまあ、だな。及第点だぜプロシュート」
ふふんと小馬鹿にしてみるオレを、とプロシュートは鼻で笑って、無駄に長い足で蹴りを入れてきた。「文句を言ったらキリがねェんだぜ?」と続けると、「一端な口効くなよマンモーニ」と更に強く腹を踏まれた。くすぐったくて余計に笑えば、プロシュートも調子に乗って足を小器用に動かした。しばらくそんなことを繰り返していると、リビングで「火の元でじゃれるんじゃあない」とリゾットがぼそりと呟いた。おとなしくその言葉に従うと、プロシュートも最後にもう一度だけオレを蹴って、作業に戻っていった。
そのままなんとなしに窓へ目をやれば、外はもうすっかり冬で、日が落ちた夜空には、数えきれないほどの星がキラキラとしていた。
その後はいつものようにみんなでテーブルを囲んで、出来上がった料理とくだらない会話を肴に安い酒を遅くまで煽っていた。酔いつぶれて、なにも考えずに、泥のように眠れるようになるまで。
○
「……腹減った」
ベッドの上で独りごちた――つもりだったのだが、すぐに横で眠っていた女が口を開く。
「なにか作ろうか?」
乱れた赤い髪をしどけなくかきあげてそう言うこいつの名は、なんだったろうか?
白い肌の感触は覚えているけれど、彼女の出身地どころかどこで出会ったのかも思い出せない。
「アッハ……リープヘン、お前ってどこ生まれだっけ?」
いまだ眠たそうに目をぱちぱちさせる顔を引き寄せて、一度腕の中に納める。抱き寄せた体から香る、男からは決してしない甘い甘い匂い。随分と懐かしい夢を見た所為か、この香りすら久しぶりに思えた。
「あんたってそればっかね。シチリアよ。そんなに気に入った?」
くすくすとのどの奥で笑って、細い指をオレの髪に絡ませてくる。
「いや、それじゃあお前との子供の結婚式にはアイツらは呼べねェな、って思っただけ」
アイツらって?とじゃれついてくる女の頭を撫でて、床に脱ぎ捨ててあったシャツを羽織る。うわ、酒と煙草臭ェ。
「どこ行くの?」
「家の味が恋しくなった」
ようやく安定したピアスホールに指をやって、オレは戸を開けた。
「というわけで、ただいまファーター」
相変わらずの足癖で、オレの脛を無言で蹴るプロシュート。やつは「誰が父ちゃんだ」とため息をつきつつ、咥え煙草のまま部屋へと戻っていく。その背中を追ってリビングへ入ると、赤い塊がこちらに突撃してきた。
「ぐえっ!」
「ロゼット!ロゼット!ロゼット!!」
「あ、はいロゼットです」
そして背骨が軋むほど抱きしめられる。
「お前連絡もしねェで!」
大げさだろと思っても、あんまりにホルマジオが優しい手つきで撫でるから――何にも言えなくなる。
「……」
「どっか痛いとこねェか?」
「ない。もう、ガキじゃねーんだからさ」
「無事でよかった」
「オレのロゼット」と額にキスをされる。あーこのベタ甘な感じ懐かしい。
と、遠い目をしていると、真顔のメローネと目が合った。無言で手を振れば、やつの紫の目から大粒の涙がこぼれた。ハァッ!?
「なにメローネまで!?酔ってる!?酔ってんの!?」
「だってだって!ロゼット全然帰ってこないから、
クーナンリーベなおっさんとか
ペドなおっさんとか
少年愛なおっさんとかに襲われて死んじゃってんのかと思ったーッ!」
「もうオレ19歳だからな!?」
お前の目にはオレは何cmに見えてんだ!?そろそろメローネも追い抜けそうだっつーのに!
泣きながらこちらにしがみついてきたメローネはホルマジオごとオレを固く抱きしめる。「少年とかそろそろおこがましいからな!」と念を押しても黙ったままで、オレの胸に顔を埋めたやつの表情はわからない。ホルマジオが「しょうがねェヤツばっかだな」と少しだけ笑った。オレにとってはあんたも十分しょうがないやつだ。
「おいメローネ、聞いて――」
「おかえり……ロゼット」
なんでこいつらは、いつまでも……、そんな目でオレを見てくるんだろう。
「ん……ただいま」
そして顔を上げれば、仕事帰りのギアッチョ。「おま――ッ!」と続きそうな怒声を流し聞いて、説明はホルマジオに任せる。もう無理だ。もう駄目だ。めんどい。
「ロゼット!テメー一年も何してたんだよ!」との叫び声をBGMに、オレは早速良い匂いのしてきたキッチンへ向かった。
一年ぶりの冷たい床。
「アッハ・シューネ・プロシュート」
腹減った、と甘えるように後ろから抱きつけば、プロシュートは――やっぱり飼い猫に話しかけるような声で返事をする。
→ continua.