買い出しに行く途中

 首をすくめていつもより、早足で歩く人々。冬の空はいつもよりクリアな水色をしていて、空気もそれに比例するように冷たく澄み切っていた。
 先を歩く子供のよどみない足取りも、やっぱりいつもより駆け気味だ。

「ロゼット、待ってくれよー」
「アッハ、ペッシペッシペッシよー」

 レモーネに蜂蜜と砂糖をかけたような声だと、誰かが言っていた。確かにそんな感じの、あまずっぱくてはつらつとしていてみずみずしい響きだなと、オレは思う。

「それ兄貴の真似か?あんまり似てないぜ」
「そうじゃあなくて、オレのほうが一応先輩なんだからさ。呼び捨てとか、やめろよ」

 そう言って年下の先輩はヒヒと笑った。身長はオレの頭二つくらい小さいくせ、ずいぶんと生意気な口を聞くもんだ。

「『マンモーニ』なんだからさ」

 兄貴分の言葉を倣い、誂うようにもう一度笑って、ロゼットはオレの腕をぐいぐいと引っ張る。
 こうしていると本当にただの子供なのに、こいつには自分より多くの『経験』と『覚悟』がある。以前のオレならそれを大層気味悪がっただろう。理解の及ばない美しいものというのは、それだけで恐ろしいものだ。

「へいへい」

 しかし今や、そんな生き物と買いだしにまで出かけて、さらにはそれを楽しいとまで思う。
 それはこの笑顔にすっかり絆されてしまったからか――。

「なあ、あと何買わなきゃいけねェんだっけ?花束?」

 どうしたって見上げるような形になる身長差。上目遣いの表情はいつもより更に幼くて、つい頭を撫でてしまう。
 そうした子供扱いが気に食わないのか、ロゼットは唇を尖らせこちらを咎めるように睨んだ。兄貴からならそんな顔はしないのに、やはり自分は相当舐められているのだろう。それでも、オレから見れば13歳は十分に子供だ。

「あとは白ワインと、アンチョビソースだぜ」

 これ以上機嫌が悪くなる前に、オレは無理やりに話を変える。元よりからりとした性格――きまぐれともいうのだが――ロゼットは「あ、そっか」と普段通りの態度に戻り、足早に歩みを進めた。
 いまだ繋がれた手には、寒いのが苦手だというわりに、手袋もつけていない。一度チームのリーダーが注意したところ、「リゾットの手があったかいからいいんだよ」という一言で口説き落とされてしまっていた。どうしたってあのチームは、ロゼットには弱い。
 それは勿論このオレも例外じゃあない。

「あ」
「どうした〜?」

 今まで真っ直ぐと突き進んでいたロゼットの背が、つつと右はじに寄る。
 手を引かれたまま後ろから覗き込めば、キラキラした瞳で見つめているのは、ショーウィンドウに飾られた腕時計。特に心惹かれているらしかったのは、金のベルトに文字盤は青と白、針は赤と青で―オレはファッションに疎いのでよくわからないが、ヨットマスターというモデルらしい―詳しくないオレが見ても素直にいいなと思えるものだった。今日つけているのはオレンジ色の針に黒の文字盤と黒皮のベルトと洒落たデザインの時計だが、この個性的な時計もこの子供にはよく似合うだろう。
 しかもブランド物としてはめずらしいことに、ロゼットの細い腕にも調度いい大きさだ。

「欲しいのかよ」
「このモデル、ボーイズもあんだよなー」

 なるほど。サイズ展開の多い品ということか。

「お手にとってみません?」

 店員の女が出てきてそう微笑んだが、オレを見て表情を硬くする。すぐに元に戻る辺りプロ根性だが、いいとこの坊ちゃんのような格好をしたロゼットと違って、オレはさぞ金がないように見えたのだろう。実際その通りだけれど。

「いいや、ありがとうございます」

 猫をかぶってにっこりと微笑むと、ロゼットはその場を去った。いつの間にか手は離れていて、その小さな背中を追う。
 きっと兄貴やリーダー、ホルマジオになんかなら、素直にねだるんだろう。

「時計はこの間買ったばっかだしなー。ペッシは今何つけてるんだっけ?確かプロシュートから貰ってたよな」

 それは少し、面白くない。

「おう。えっとーオフィ、チー」
「パネライ?防水だから釣り行く時も使えるもんな」

 時計と靴には金を掛けろ、というのが兄貴の常の言い分だ。アジトでは平気でパンツ一枚でうろつく代わりに、外出の時はかなりキメる。一緒に歩く弟分に恥をかかせられないだかららしい。その強さだけでなく、生き様にもオレは憧れを抱いている。
 いつか、彼のような男になりたい。

「そんな名前だったと思うけど」

 『スタンド』を伝わる、確かな手応え。オレはそれを急いで巻きとって、

「ロゼット」
「ン?」

 こちらを振り返りロゼットに、見せつけるように『獲物』を振ってみせる。すぐさま子供の瞳は大きく開かれ、弾かれたようにオレに抱きついてきた。
 
「やるよ」
「まじかよ!!ペッシ愛してる!さすがオレの親友!」
「ゲンキン。調子いいよなー」
「じゃあさっさとよこせ」
「戻してくる」
「あー悪かった!マジティアモ!ダンケ!グラッツェ!!」
「そういうのが、調子いいって言うんだよ」

 「グラッツェ!」ともう一度笑って、オレの頬に感謝のキスを落とす。腹のあたりが妙にくすぐったい。頼られる存在にはしばらくなれそうにないけれど、一番目線が近いのはオレだと、勘違いしていてもいいだろうか。
 オレとロゼットの並んだ影は、時計の長針と短針に似ている。

fine
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