風邪には○○○粥

「リ・イ・ダー!入るぜー」

 ノックもそこそこに、ロゼットは意気揚々、つかつかと小気味の良い足音を立てながら部屋に入っていった。
 リゾットの自室は他のメンバーとは違い、ニつ続きの部屋になっている。手前に位置するここは、扉の正面に位置する窓を背にするように大きなデスクと、黒い三人掛けのソファが置かれているだけの殺風景なものだ。奥の部屋は寝室になっているが、大体はここでの仮眠で済ましてしまう彼がそちらで睡眠をとることはほとんどない。

「……ああ、ロゼットか」

 険しい顔を更にしかめていた部屋の主は、子猫のような高い声に顔を持ち上げた。

「いま忙しい?」
「いや……丁度区切りがついたところだ」

 山と書類が置かれた机の上に遠慮なく乗り上がると、子供は男の少しだけ乱れた銀髪をくしゃくしゃと撫で回した。子供の子供らしい紅茶色の瞳に、優しい光が灯る。リゾットの強ばっていた顔も、いくらか柔らかくなっていった。
 それでも一度だけ、無作法を咎めるように子供の柔らかな頬をつねる。もちろんその後は優しくそこを撫でるのを忘れない。どうしたってここにいる暗殺者たちは、この小さな暴君に敵わない。

「お疲れ様アモーレ、カファラテでも買ってくる?」
「どうした。今日は随分と機嫌がいいな」
「ふふふーギアッチョと買い物に行ってきた!いっぱい買ってもらっちゃった」

 頬を包むように添えられたリゾットの大きな掌に、ロゼットは手を重ね微笑んだ。
 リゾットは目線を子供の顔から服に移す。ニットの深みのある色、手首に触れる柔らかなシャツの感触。ファッションに明るくない彼でも、質の良い物だということくらいは分かった。扉の隙間から見える荷物の山といい、この小さな暗殺者は随分とねだり方が巧みなようだ。

「これも買ってきたのか?」
「おう、なかなかイカしてるだろ」
「そうだな……」

 リゾットは一瞬考えこむように口を閉じ、

「お前の柔らかい銀糸には夜空のような色がよく似合う。それに大人びた色を身にすることで引き立つあどけなさとでもいうのだろうか。実に素晴らしい。白いシャツから覗く幼い手首というのは永遠のイデアだな。瞳と同じ色のリボンタイも細い首と相まって、危うい色気。いつもは無防備な鎖骨が、今日はきっちりと閉じたボタンで隠されているのも禁欲的でいい。このまま可愛がってやりたいくらいだ」

 普段の彼からは想像もつかない言葉の数とその内容。
 迫力に気圧されながらも子供は何かを言い返そうとするが――、腰は引けている。

「ハーフパンツから覗く白い膝小僧もとても愛らしい」
「誰だよアンタッ!」

 ついには男と距離を取るために扉に向かって走りだした。
 逃げるロゼットの手首を掴み、顔をぐいと近づける。そしてリゾットはいくらか声のトーンを下げて囁いた。

「何を怖がっているんだ?」

 そのまま追い詰めるようにソファに組み敷き、更に顔と顔との距離を狭める。

「恐れることはない。友達だろう……ロゼット……」
「ますますリゾット・ネエロのキャラじゃあないッ!」

 じたばたと下でもがくが、彼の巨体に子供の細腕がまともな抵抗が出来るはずもなく、男の逞しい指先が無遠慮にロゼットの太ももを這った。

「ひ――ッ!」
「もう少し色っぽい声は出せないのか……」
「オ、オレ男だもん!」

 そうだな。言葉と共にごくりと生唾を飲む音。それと同時に、リゾットの喉は大きく上下した。

「フ……ロゼット。おまえは、可愛いな……」

 瞳に灯る熱は何を起因するのか。

「リーダー、さっきの始末書なんだけどさー――」

 そんな中、闖入者メローネ。

「ごめんごゆっくり。次は混ぜてね」
「楽しんでンだろメローネッ!」

 言うまでもなく、その惨状を目にした彼は名残惜しそうに踵を返した。



「風邪、だな」
「ハァッ!?」
「普段は抑えられてるこいつのイタリアーノ成分が、弱ってるせいか表に出てくるんだろ」

 こんなに酷ェのは久しぶりだな、とプロシュートは鼻で笑った。
 聞きなれない言葉や理解の追いつかない現象に目が点になっているのは、未だリゾットの巨体に押しつぶされているオレ。

「つまり、熱に浮かされて発言がいみわかんねえことになってる、ってわけだ」

 普段より自制がきかない、とでもいうのだろうか。
 とにかく、風邪をひいたリゾットがこのような状態になるのは珍しいことであっても、決して理解出来ない現象ではないようだ。だからといってこの現状を納得できるはずもなく、もう一度噛み付こうと口を開く。 

「ホントにいみわかんねえ!とにかくこれどうにか、っウワッ!」

 しかし耳に噴きかけられたリゾットの寝息がくすぐったくて、それも途中で止まってしまった。

「まァ、任せたっぜ。ピッチーノ」
「ふっざけんな!」

 こちらの悲鳴にさらに笑みを深めて、プロシュートはわざとらしいウィンクだけを残し部屋を出ていった。勿論、追うようなオレの叫び声も気に止めず。
 無常にも響く、パタリという乾いた扉の音に目を竦め、

「――だァれが『ちびちゃん』だ……あのヤロー……」

 恨みがましくもう一度唸る。

「絶対……ゼッテェーあいつだけは追い抜いてやる……」

 しばらくしてどうにか、リゾットの下から這い出ることが出来た頃。時計の短針は夕食の時間を告げた。

「――というわけだよ」

 その後オレが如何に甲斐甲斐しくリーダーの世話をしたか、その後オレがどれだけリーダーの口説き文句にいろんな意味でクラクラしたかを滔々と語る。一日であの高熱から立ち直ったことについては褒め称えたい。
 正座で話を聞かされていたリゾットは何度か目をぱちぱちとさせてから、

「すまない、迷惑をかけたな」
「構わないけど、気を付けろよなー。今回はオレだったからよかったけど」

 どういう意味だと問うように、リゾットは少しだけ首を傾ける。無骨な外見に似合わない小動物を思わせる動作につい顔が緩んだ。
 リーダーかっわいー!
 
「アンタも困るだろ?心にもないこと言って変なの増やすの」
「いや……」

 誂うように頬をゆるく抓れば、なぜか予想もしなかった言葉が返ってきた。

「どうせ本心なのだから、構わない」
「へ?」

 間の抜けた声をあげるオレのリボンタイを優しく掬い上げ、リゾットは手馴れた様子でそれにキスをする。

「よく、似合っていた」

 そうして真っ直ぐとオレに向けられる、赤と黒の瞳。目が逸らせない。

「……グラッツェ、リーダー。風邪、治ってよかったよ」

 しかしこうも真面目に言われると照れるな。
 素面での甘い言葉に、視界がぐらりとするほどの衝撃。オレは顔に上がる血を誤魔化すように、リーダーの胸筋に顔を押し付けた。ムキムキは冷たい。

「ロゼット。おまえ、大丈夫か?……体が熱いぞ」

 オレの異変に、妙に神妙に心配そうな声を上げるリゾット。
 気にすんなと口にする前に、くしゃみがオレの言葉を奪った。

「――クシュンッ」
「サルーテ。やはり、少し熱があるな」 

 すんと鼻をすするとほとんど同時に、額をリゾットの白い手が覆う。いつもより冷たく感じるのは、どうやらオレの体温が高い所為みたいだ。

「……あー、グラッツェ」

 気付いてしまうと寒気までしてくるのだから、人間っていうのは良くできているようで意外と適当だ。

fine
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