「ここが……今日からお前の部屋だ」
殺風景な部屋を眺めて、子供は何度か瞬きをくりかえした。
置いてあるのは如何にも古びたベッドと、くもりがちな鏡、閉ざされたクローゼット。そして申し訳程度にある黒檀の枠組みの窓、それだけだ。紺碧の夕闇と月あかりが、そこから差し込んでいる。
「小公女みてえ」
「何か足りないものは」
「いや、十分」
「あ、でも、リゾット。明日デートしようか」と、ロゼットは掴みどころのない笑みを浮かべた。しかしベッドに腰掛けた弾みでスプリングが軋むと、すこしだけ眉をあげる。
突然のルーキーへの、他のメンバーの対応は実に様々だった。子供を随分と気に入っているホルマジオを除き、無関心を決め込むプロシュートがマシな方という、子供にとっては中々に厳しい現状。メローネの好意的な態度も、あいつの性質を考えるとそれほど歓迎すべきものではないはずだ。それを理解しないほど愚かではなく、それでいてロゼットに気を張る様子はない。時折警戒心が滲みでるが、今では至って自然体で軽口さえ叩く。
肝の座り方といい、奇妙な計算高さと相反する子供らしさ。まるで、読み取れない。
「オレ見ての通り手ぶらで。オカイモノに行きたいナ」
なんなら、こちらのほうが気苦労でやられてしまいそうだ。
おれは浅く嘆息を吐いた。子供は腰を落ち着けたかと思った端から、今度はせわしなく部屋をうろつき回る。軽い足音、口調に似合わない高いソプラーノ、好奇心にきらめくチョコラータに似た色の目。そのどれもが懐かしいような、目新しいような――。
「ところで、ここって何用の部屋だったんだ?」
クローゼットに手をかけて、子供はおれの立つ方へ振り返った。そうしてこちらの返事を聞く前に、その戸を引く。
見る間にひきつり出す白い頬。
「……聞きたいのか」
「fare i complimenti (遠慮しておく)。もしオレの想像した通りの使い方をするなら……今夜はいい夢が見れそうだぜ」
ロゼットは顔を青ざめさせ、一面のマルキンジェンニョ=トルトゥーラは再びクローゼットの扉で隠された。
おれは閉まりきらずに挟まった『聖エラスムスのベルト』を適当に納めて、再び寝具に腰かけたロゼットの頬にキスをした。
「うむ……それじゃあ、ヴォナノッテ。いい夢を」
踵を返して部屋を出ようとすると、控えめな様子で服を引かれる。
「一人じゃ寝れない」
おれを見上げ、子供はそうつぶやいた。とくに不安をいだいた声音ではないが、それ故にやけに切実だ。表情は、フラット。
しかしすぐに服を離すとおれの言葉を待たずに、「Entschuldigen!じょ、冗談。ヴォナノッテ、リゾット」とロゼットは両手を上げた。先程唇を重ねたばかりの白い頬は、僅かに赤みを帯びている。
「――ここじゃあ狭い。おれの部屋でいいか?」
「い……いいの?」
ただでさえ大きな目が、見開かれる。つられるように、おれもすこしだけ目を剥く。
自分でもなぜこんな言葉が出てきたのか分からない。戸惑いながら口元に手をやれば、ロゼットの頬の感触が未だ残っていた。
「嫌なら、構わない」
「嬉しい!はは、ついでにパジャマも貸してね」
「……寝るときは、何も身に付けないんだが」
「ンじゃ、ホルマジオにTシャツでも借りてくるよ」
○
「アンタ馬ッ鹿じゃねーのッ!?」
珍しく昼過ぎまで眠っていたリーダーを起こしに部屋へ行けば、馬鹿みてぇに安らかな二つの寝顔。
昨日、否その日会ったばかりの子供と一緒に眠るなんて、暗殺者として正気の沙汰とは思えない。しかもこいつがどんな音楽を好むのかどころか、この子供の身元すら明らかになっていないのだ。
「おいおいリーダーよォ、仕事のしすぎてイカレちまったのかァ?もう少し警戒心とかよぉ!」
「ふあ、ボンジョルノ」
怒鳴るおれを気にもせず、ノン気にあくびをしてリビングへ入ってきたロゼット。
リーダーはいつも通りしかめっ面しい顔をしながら、コーヒーの入ったマグカップに口をつけ、
「よし、分かった。……こいつの寝る部屋は、日替わりにしよう」
「そういう問題じゃあねェ!」
フルボリュームで叫ぶが、メローネが嬉しそうに「じゃあ次おれねー!」と騒いでいるのを見て、おれはコレ以上この話を続けるのをやめた。
fine