我ながら幼い感性だと思うけれど、わが子(ベイビーフェイス)が人を殺しても、自分が殺したという実感はあまりない。液晶越しの所為か、どこかゲームじみていて――それでも、胸に食い込むナイフの感触を思い出して、また手が震えた。
映画のように、愛しいマードレが死んだ。
「メロ、メローネ」
終わったよ、と戻ってきた子猫が鳴く。血濡れた少年。
「お疲れ……さま」
今回の憐れな女を始末したのは、こいつ。ベイビーフェイスは追跡の役目だけを請け負った。実際に手を汚したのは、こいつ。
銀の髪から濁った血液が滴り落ちる姿は、ジャッポーネの映画に出てくるような、生き血を好む妖刀のようだ。
「そんなに至近距離で、ヤらなくてもよかったのに」
こいつのスタンド能力なら、返り血を浴びる必要なんてないはず。
小さな体を抱きしめると、頭の奥が痛くなるほど甘く鈍い香りがした。
「気づかれちゃったから。ごめんね」
別にいいよと、濡れた髪を強めに撫でる。すると腕の中のロゼットは、くすぐったそうに目を細めた。
おれよりずっと高めな体温。
「そう。大丈夫だった?怪我はない?」
「ん、大丈夫。メローネ、服汚れちまうぞ」
安定した心拍数、ロゼット自身の血の匂いはしない。
「おまえは……そんな事、気にしなくてもいいんだよ」
○
「これからは着替えも持ってこないとね」
新しく揃えたシャツとジレ、七分のカーゴパンツを手渡す。安くない買い物だったけれど、さすがに血まみれのまま公道を走るわけにはいかない。
汚れたシャツを脱ぎ捨てた華奢な肢体を隠すのは、TNT 1130。コンセプトモデルのような特徴的な見た目が気に入って購入したのだけれど、ロゼットの雰囲気にはあまり似合わない。
「もう少し硬派なやつのほうが――」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。変な人に襲われなかった?ニャンニャン」
「ないよ、馬鹿な事言うなって」
乾いた笑い声、ひきつった口角。しかも拭いたはずの返り血が、まだ白い頬を汚しているのだけれど……。
少年なりに男のプライドがあるのだろう。今回は、見なかったことにしてあげる。
「よかった」
「当ったり前だろ!」
柔らかい頬にさりげなく触れて、いまだ乾き切らない赤を拭う。安心しきった様子でロゼットはおれに体を預けると、もう一度屈託なく笑った。
どうしてこんな子が、息一つ乱さずに人を殺めることが出来るのか。
「さ、早く帰ろうか。お腹すいただろ」
「Jawohl 」
悪戯っぽく敬礼を決めるロゼット。時折零れるドイツ語の理由を尋ねるには、おれたちの関係は透明じゃあない。
「飛ばすよロゼット。壊れるくらい、抱きしめて」
「アハハ!そういう台詞はファム・ファタルの為に取っておくもんだぜ、メローネ」
「ふは!ロゼットはオットコマエだなァ」
腰に回る細い腕。運命なんて途方も無く苦い話も、彼が口にするとまるで糖蜜のような甘い響きに変わる。
「運命の女、ねえ」
そして背中に感じる体温は、そのまま安心に。
真っ当な愛情だなんてものおれは知らないけれど、きっとこの暖かさはそんなものに似ているんだろう。
「『ベイビーフェイス』はね、母体が『イイ人間』であればあるほど、優秀な子が生まれるんだ」
母に望まれない子こそ、鮮やかな手つきで人間を始末する愛しい子ども達。
生まれ落ちたばかりの子に取って、親なんて神に等しく――理解のできない存在だ。解剖して解体して分解して腑を分けてバラして、それでもまだ、彼らには分からない。
自分が、愛されていないということを。
「じゃあオレ、転職を考えないと」
fine