「見事だ、ロゼット」
ぽんと、頭の上に大きな掌を載せられる。どこかぎこちない手付きが、妙な話だけれど可愛かった。
一面の死体。赤い世界。あまり、綺麗な殺し方じゃあないと思う。
「ありがとうリーダー。早く、帰ろうぜ」
オレの『スタンド』は血が多く流れ過ぎる。リゾットだって、本当にちょっぴりだけど嫌そうな顔をした。
篭るヘモグロビンの鉄イオン。手を軽くひねれば乾いた夏の風が、それを一瞬だけぬぐい去っていく。オレの『初仕事』は呆気無く終わった。
○
「あんたのスタンドは……かわいいよな」
帰り道。ハンドルを握る寡黙な男。こいつに黄色いガヤルドは似合わないなあとぼんやりと思う。リゾットの助手席の乗り心地は悪くないけれど、沈黙は苦手だ。
白いシャツに汚れはない。それでも、血の匂いが消えないような気がして窓を開けた。頬に掠める風には、濃いランタナの匂い。
「お前のスタンドは、暗殺というより大量殺戮に向いているな」
リゾットはさらりとそう言った。あまり深い意味はない、はずだ。
表情筋がある意味でとても発達していそうな横顔を、目の端で盗み見る。その表情には、悪意も好意も見つけられなかった。少しだけほっとする。
「便利だろ?」
風を操るスタンド、『ゴッズ・ドッグ』。鳥の面を着けたスタンドにしては可笑しな名前だが、自分でそう名乗ったのだから仕方がない。
「この仕事に着いていればな」
旋風の中心に出来る真空は、人の喉元くらいなら簡単に切り裂ける。今日の仕事も、腕を二三度降るだけで済んだ。
仕事、仕事、仕事。暗殺は、生産性と真逆にある。その所為か、仕事というのは不似合いな気がした。汗一つかかずに終わったからかもしれない。
「人を始末する以外には、役にたたない?」
「そんなことはない」
今まで殺した人数は、そう多くないはずだろうけど、覚えてない。けれどある話だけ忘れることが出来なかった。
「期待している」
「なら……よかった」
――人間は、死んだ瞬間少しだけ軽くなるらしい。
平均にして21g。どんなに有能な人間も、どんなに清らかで美しい人間も。悪行を繰り返したゲロ以下の存在でも、それは変わることがない。
何がその重さを変えるのかも不思議だけれど、その重さの行き場も気にかかる。質量の法則だとかで、消えてしまった21グラムは必ず『どこか』へいくのだろう。
リゾットにその話をすれば、男は赤い目を竦めた。
「背負ってしまう人種、というのはきっといるだろうな」
落ち着いた低い声。
「死を?」
「ああ、人のおもいを」
「へえ」
あんたも?と言おうと思ったけれどやめた。一瞬だけ、年上のはずの男の顔が、まるで子供のように見えたからだ。弱っている生き物に追い打ちをかけるほど、オレは野生を生きていない。
それにしても『死』って、随分と軽いんだな。
オレは肩に手をやって、首を傾げてみた。
「魂の重さ、っていうのは納得できないけど、『思い』っていうのはいいね」
太陽はまだ頂上にない。
fine