罪と意味




「君の傷って、十字架みたいだよね」

 黒のハイネックに覆われた見えない傷を揶揄するように、オペラは自分の首を指先でなぞる。
 「罪の数にはずいぶんと足りないけど」。朱色の唇を半月型に歪めて、彼らしくない棘のある笑みを浮かべた。

「DIO。もう一つ、砂糖が欲しいな」

 くるくると手にしたティーカップをかき混ぜながら、もう先ほどの言葉なぞ忘れたように、穏やかな微笑。
 この真夜中のティータイムは、館の主が目の覚めやらない青年に一方的に言葉をかけるのが常なのだが、今日の彼はやけに饒舌で、いつもとは立場が逆転している。なめらかに動く舌は月明かりに照らされ、やけに艷めいて見えた。

「ねえ、聞いてる?」

 返事のない吸血鬼の、赤い瞳を見つめる。黙って言葉を受けていた男は、その視線さえ、沈黙のままに受け止めた。
 沈黙に漂う、甘く芳醇な香り。青年の持つカップの水色は澄んだ深紅で、本来はミルクティーに向いている茶葉だ。そう館の主が何度となく諭しても、青年が首を縦に振ることはなく――角砂糖を一つ二つ溶かすだけで済ましてしまっていた。この夜も、そうだ。

「ディーオ」

 青年の気持ちを無視して、声には甘さが滲む。向かいに座る男が、拗ねているとでも思っているのだろうか。機嫌を取るように、しょうがない子だなと幼い子をあやすような、そんな声だ。
 DIOは、それが疎ましくて仕方がなかった。こちらの気持ちを受け入れる気も、汲みとる気も――赦すこともしないくせに、離れて行かないこの青年が、不愉快で、煩わしくて、どうしようもなく愛しかった。

「なあオペラ」

 ようやく口を開いた吸血鬼。彼はソファから悠々と立ち上がり、青年の華奢な体を抱き抱えた。手をかけ命を奪った『モノ』の数を、この吸血鬼は覚えていない。

「肉体の陵辱の罪は躰に」

 手をかけずとも命を失ったたくさんの存在を、彼は覚えていない。それはただ一人――この『ボディ』の男を除いて。DIOはなんとはなしに青年に回した腕とは逆の手で、首の縫い目に撫でた。 

「そうだね」
「では」

 いつものことに戸惑いすらしないオペラ。DIOは満足そうに微笑み、

「人の心を踏み躙って、尚も蹂躙する貴様の罪は――」

 青年の心臓を服越しに指さした。

「精神に」

 そのまま胸ぐらを掴み、強引に唇を重ねる。それまでの余裕に満ちた傲慢な態度とはかわって、いやに切迫した噛み付くような口付けに、オペラはきつく目を顰めた。
 心臓が、締め付けられるように痛い。
 抵抗は緩やかに立てられた歯列。DIOの赤い舌に、ゆるゆると食い込んでいった。痛みのない、それでも断固とした拒絶に、吸血鬼は苦笑を浮かべて答える。それでも、いまだ互いの顔の距離は紙一枚ほどで、言葉を紡ぐ度に唇が触れ合った。

「だろうな」
「口の中、血生臭いんだけど」
「貴様は、苦いな」

 だから砂糖が欲しいって言ったんだ。オペラはそう口にしてから、重なる唇に自分の愚かさを呪った。




「口の中が切れる度、君のことを思い出すよ」

 はやくこんなキスは思い出にしてしまいたいね。人を傷つけたことなんて一度もないような顔をして、オペラはもう一度カップに砂糖を落としてそう言った。
 それでは私は紅茶を飲む度に貴様を思い出さなければならないな。そう言いかけてやめた。胸に苦さが、こみ上げる。 
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