椿とトワ「ん?」
ありのまま 今 起こった事を話そう。『書庫への階段を登っていたと思ったらいつのまにか外にいた』。
何を言ってるのかわからないと思うが、俺だってわからない。
「ここは何処だ?」
外。鈍い水色の空からは沙雨。どこかの庭園なのか、ツルバラやオールドローズ、綺麗に咲いた朱色のダリアなどが露を受けていた。丁寧に整えられた木々、レンガ張りの道。空気には雨独特のくすんだ香りと、花の甘い匂いが交じる。
太陽は雲に隠れて見えない。今更おかしいことなどないが、俺がさっきまでいた場所は夜だった。
「日本、じゃないよね」
時差とか。ぽつりと呟く独り言。
いつまでも呆けているわけにもいかず、俺はキョロキョロと辺りを見渡しながら歩み始める。辞典でしか見たことのない見事な花々に目を奪われながら歩を進めていると、少し開けた場所に出た。それでも、まだ続く緑の道。
「広い庭」
「……そこにいるのは、誰?」
振り返った、僕よりいくらか年上に見える少年。見知らぬ彼はこちらに気付くと、ほっとしたように、表情を花のように綻ばせた。
「こんにちは。ここ、君の家かな?」
雨に濡れたその顔が、あまりに優しげで――、
「ど どうしたの!?」
手にしていた傘を落とす。何が起きたのかわからない。
ただ言えるのは、彼の笑顔を見て僕は自分の心に開いた穴をはっきりと認識してしまったのだ。塞がったと思っていたものは全て、まだ生生しく、血の滲む傷口だった。
少年は心配そうに近付いてきて、ひんやりとした手のひらを雨と涙に濡れた僕の頬に重ねる。
「何か、あったのかな」
「飼ってた……犬が……死んでしまったんだ」
3年前のことだ。それでも僕は、それがまるで今朝のことのように悲しかった。いつまでも涙が止まらない。
「親友……だった、のに」
しゃくりあがる所為でいまいち言葉にならない。少年は黙って僕の声に耳を傾け続けている。
視界の端で赤いカメリアが滲んだ。
「とても……悲しい」
最後にそう言うと、初めて会った彼は僕を強く抱きしめた。細い腕が背中に回ると、もう一度泣き出したくなるほど安心する。
とくりと脈打つ心臓の音が心地いい。
「俺は、君と同じ目の色をした人を知ってるよ」
美しくて強い、エメラルドグリーン。そう言って、僕の顔を覗き込む少年の瞳は、ミルクをたくさん入れたココアの色。
「その人も、君みたいに泣いたのかな?」
甘く優しいその瞳を不思議に歪め、少年は笑った。そうして僕は、彼の胸に顔を
埋め、また泣いた。
「君、お名前は?」
落ち着いた僕の顔を、少年は腰を抱いたまま服の袖で拭ってくれる。儚げな見た目に合わない粗雑な手付きに、少しだけ前が明るくなる。
「僕はジョナサン。ジョナサン・ジョースター」
僕は今、随分とみっともない顔をしているんだろう。
「ジョナサン」
そう名前を呼び、もう一度彼を抱きしめようと腕に力をいれる。――が、それは間抜けにも空を切るだけだった。
「あれ?」
いつの間にか元の薄暗い館。螺旋階段の途中。奇妙な館、の一言で済ましてしまっていいのだろうか?
それにしてもジョナサン、可愛かったな。迷子はこっちなのに、あの子のほうが帰り路をなくしてしまったような顔をしていた。
……あれ?ジョナサン。
「ジョナサン……どっかで、聞いたことがあるような」
頭の片隅に見え隠れする文字。本当にここ最近、その名前を耳にした筈だ。それも、かなりの衝撃と共に。
愉英雨が寄り添った、山吹色の花
「思い出せない……」
「何を悩んでいるんだ、オペラ」
「多分DIOは関係ないから黙っててくれる?」