セントーレとマンモーニ




 可愛い弟分は、その端正な顔を歪めた。
 さながらお気に入りの毛布から、別の猫の匂いがしたときの子猫のようだ。

「香水、じゃあないよなぁオペラ」
「うん。付けてないね」

 ソファの上。独占欲と不満がちらつく瞳が、俺をにらむ。

「……DIOの匂いがするぞ」
「本当?やだなそれ。うつったのかな」

 そうは言ってみるが、俺の首筋に顔を埋めて、くんくんと鼻を鳴らす愛らしい姿に口がにやけた。嗚呼、俺のディエゴくんはこんなに可愛い!
 鼻先が当たる擽ったい感触と、後ろから抱きしめられる圧迫感。

「普段のじじくさい匂いの方が合っているな」
「じじ……」

 あ然とする俺を気にもせず、「君はコーヒーと本と、オペラの匂いがする」と呟いて、ディエゴ君は目を閉じる。
 長い金色のまつ毛。びっくりするくらい綺麗な顔はいつになく無防備で、慣れてくれたなあと嬉しくなった。じじくさいっていう表現は釈然としないけど、嫌いな匂いじゃないならよしとしよう。

「ディエゴくんは、石鹸と、馬と、草と――」
「泥臭くて悪かったな」
「懐かしい、いい匂いだよ」

 久しく感じていない大地の匂い。

「光の中にいるみたいだ」

 ディエゴくんの髪に顔を埋めて息をすれば、胸が締め付けられるような、健全で明るい場所の空気がいっぱいに広がった。
 初流乃くんと同じ、太陽色の髪の毛。DIOも同じ色に見えるけれど、受ける印象は大分違う。彼のあれは、冴えた月の冷たい光。

「離れろオペラ。コーヒーが冷めるじゃあないか」

 感傷気味の俺に、微かに顰められる凛々しい眉。そういえば俺のカップも、もう空だ。

「新しいの淹れてこようか?」
「頼むよ」

 受け取った白いカップの中身を零さないよう立ち上がるが、

「ディエゴくん」

 後ろから腰に腕を廻されたまま。逞しいそれから、抗うことができない。

「このままじゃ台所に行けないじゃないか」
「ふん」

 振り返ってみても、彼の腕から力は抜けない。
 知らぬ顔をする横顔は、普段の大人びた顔とは違って歳相応に見えた。
 
「ディエゴくんは甘えただな」
「君が甘えて欲しいのかと思ってね」
「すごいね、どうして俺の考えてることがわかったんだ?」
「オペラは単純だからな」

 くすりと溢れる笑声。俺は離れることをやめて、もう一度ディエゴくんに背中を預ける。抱きしめられる力が強くなった。
 可愛い人。そばにいるだけで優しい気持ちになる。

「じゃあ今俺が何を考えてるかわかる?」
「抱きしめられるより抱きしめたい、かな」
「分かってるならさせてよ」
「生憎、安い男じゃないんでな」

 それじゃ僕が安いみたいじゃない、と呟くと、少年騎手は肩に顔を重ねる。そして口角を上げた。
 次に彼が目を合わせたのは、

「Ciao.Mammone」

 意地悪くも美しく微笑む、初流乃くん。




「俺がお母さん?ちょっとショック……」
「いや!そういう意味じゃあ」

 狼狽えるジョルノくんの向かいで、もっと狼狽えているのはディエゴくん。白ピンクの肌を赤く染めて、俺の肩口を強く押した。

「こ、これは」

 強かに打ち付ける後頭部。痛くないのが痛い。

「食おうとしていただけだ!」

 恐竜化。君に食べられるなら、悪くないかもしれない。
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