欠乏症と依存




「は……初流乃くん……!?」

 年上の友人は僕の突然の来訪に、

「オペラさんが女性を渇望しているという噂を聞いて、飛んでまいりました」

 否、僕の代わり映えに目を白黒とさせて、彼らしくもなく声を張り上げる。

「ああああああ!そんな恥がイタリアにまで!!」
「というわけで、」

 こんなオペラさんも素敵だなと思いながら、豊かに膨らんだ胸を押し付けるように抱きついた。ふわりと鼻孔に広がる、彼特有の澄んだ香り。

「好きにして下さって構いませんよ」

 女のように媚びた目付きで、首に腕を回す。
 『ゴールド・エクスペリエンス』。オペラさんの好みがどれほどか分からなかったので、とりあえず標準より少し大きいくらいにしてみた。
 
「なんでこの方法にしちゃったのか。とか、普通に女の子連れてきてくれるだけでいいのに。とか色々あるけど――健気な初流乃くん可愛い!!」

 こんなの無駄な脂肪にしか思えないけれど、オペラさんが喜んでくれるなら!
 瞳をキラキラとさせ抱きつき返してくる腕は、いつもより緩く、いやらしい。

「ああ、オペラさん!駄目ですそんな……こんな日の高い時間から!」
「ふふ、本当に女の子みたいだ。いい匂い」

 首筋に顔を埋められると、くすぐったい快感が背筋を走る。背筋をなぞる指先とか……これは、中々やばい。
 そしてその慣れた手付きに、今までいただろう彼の恋人達に少しだけ心が騒いだ。

「香水も女物に替えてみました」
「素晴らしいね!」

 悩んだ結果纏ったのは、クロッカスを基調とした甘い香りのもの。
 はしゃぐオペラさんは、今度は後ろから僕を抱きしめて、ゆっくりと体を撫でていった。華奢ながらきちんと男性を感じさせる手。

「……」

 それが、ぴたりと止まる。

「どうしました?」
「骨格が……ッ!意外と鍛えてるよね、初流乃くん」
「ッ!!」

 体格は同じくらい、身長はオペラさんの方が少し高い。それでも、筋肉量の少ない彼の方がいくらか線が細く見える。
 しかし一瞬陰った表情も、次の瞬間すぐに変わった。

「まあいいや、いじってもいい?」

 眩しい笑顔。

「オペラさんったら……大胆」
「髪の毛」
「ああ、そんなことだろうとそろそろ僕もわかってきましたよ」

 ツッコンで欲しいわけじゃあないけど、流されるというのも虚しい。
 

「何にしようかなー」

 解いた髪の毛をもてあそぶオペラさんの弾んだ声。可愛い人だなあ。

「オペラさんが楽しいなら何よりです」
「初流乃くんは髪の毛サラサラだねー、綺麗な金色」
「僕は、あんな奴と揃いだなんて――」

 浮かぶ、傍若無人の無駄野郎。鏡を見るたびに否でもあいつの遺伝子を感じる。

「あはは。俺はこの色好きだよ。太陽みたいで。」

 なんの気なしの言葉なのだろうが、その少しだけ焦がれるような声に、胸が痛んだ。
 彼は、望んでここにいるわけではないのだ。

「……ごめんなさい」
「ん?」
「貴方から太陽を奪ってるのは、曲がりなりにも僕の父ですから」
「君が謝ることじゃないよ」

 悪いの12割DIOだよ、と笑う彼の手は、器用に僕の髪の毛を編みなおしていく。細い指が髪を通る擽ったい感触と、ちょっとした感傷。
 それでも、

「……嬉しいんです」
「なにが?」




 きっと優しい彼は、そんな酷いことを言われても喜んでくれるだろうし、いつか、こんな僕の懇願を気にもせず、この館を出ていくのだ。

「オペラさんに髪結んでもらうの」

 そんなの、耐えられない。
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