月とアイ




「これ、解いてよ」

 皮の拘束具。後ろ手に押さえられる圧迫感。痛くはないけれど、自由の効かない状態でDIOの前にいるのが嫌だ。
 本日も脱走失敗。大体夜に行動を起こしたのがそもそもの間違いだった。吸血鬼のコイツにとって太陽が落ちたこの時間はもうテリトリーで、

「貴様も懲りぬ男だな。こんな時間に逃げ出すとは、何を急に里心がついたものか」

 空に浮かぶ月もこちらを嘲笑っているよう。捕まりたいのか?と星が瞬く。

「……今度は昼間逃げる。だから今日はもう逃げない」
「昼間は鍵が開いていないじゃあないか」

 しゃがみこんでこちらに目線を合わせくるDIO。薄い笑みを浮かべた端正な顔からは、考えが読めない。余裕と自信に満ちた声音。

「何故このDIOに抗う。受け入れろ。そうすれば絶対の安心を、貴様にやろう」

 無骨な白い指先で顎を持ち上げられる。少しでも気を抜いたら頷いてしまいそうな、有無を言わせない甘い囁き。暗い部屋には月明かりだけが挿し込んでいた。
 DIOの血色の瞳がそれを受けて妖しく光る。

「こんなに家を留守にしたら親も妹も心配する」
「独り立ちが早まっただけだ」
「そういう問題じゃない。今期の単位も全部落としたかもしれない」

 不満げに睨んで見せれば、今度は甘く蕩けるような笑顔を見せた。男の俺でもどきりとするような妖艶なそれ。赤い唇からちらりと八重歯が覗く。

「なぜそこまで外に拘る。ショウライの為、か?貴様の先は私が保証してやろう」
「……それもあるけど、学びたいことがあるんだ」

 何を答えてもこいつの望むものな気がして、うまく返事が出来ない。

「そんなもの一人でも出来る。ここでだって出来る。何故金を払ってまで教えを請わなければいけない」

 なんならこのDIOが教授してやってもいいぞ、と吸血鬼は赤い目を細めた。

「日本文学、政経とか、医学、とかでも?」「当然だ」

 返事と共に、くちゅりと唇が重なる。歯列に触れる冷たい舌先に鳥肌が立った。
 首を振って抗えば、意外と素直に顔は離れていく。そんな反応にも、DIOは満足気な表情を浮かべた。

「なんでもいいからさっさとここから出してくれない?If you love me」

 人間をやめた吸血鬼は、ふと嘲るように鼻で笑う。そして拘束具を解いてから、俺を強く抱きしめた。

「それは、無理な話だな」
「何故?」


もしも僕をしているのなら


「今宵は、月が美しいからな」

 そう言ってDIOはにやりと笑、ったような気がした。満月になりきっていない、幾望と呼ばれるそれが、窓の外でゆらゆらと揺れている。俺は彼の腕の中で、言いようのない不安と漠然とした安心を抱えたまま目を閉じた。
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