人間と血の赤




「うあ、そんな……!!う、あ、ああああああああ!!!」

 絶叫。振り絞るような、悲痛な叫びが、実に心地良く鼓膜を揺らす。
 色素の薄い瞳からは、まるで宝石のような涙が止めどなく流れ出ていた。唇が、自然と孤を描く。

「しん、じ……られ、ない!」

 見開いた瞳と血の気のない白い白い頬、 

「君は……人間じゃない……!」

 私の『食事』を見て、迷いこんできた人の子はそう言った。


(当たり前のことだ。このDIOは、人間などとうにヤメた)


 あいつがこの館に来て約半年。少し前から、オペラと共に『食事』をするのをやめた。
 するのは奴が寝入った後か、出来るだけ気づかれないうちに。

「ふう……」

 口に広がる、蕩けるような血の甘さ。
 あの、奴らしからぬ取り乱した様子は酷くそそるものがあるし、私の欲を充分に満たしたが、しばらく口を聞かなくなるのが面倒だ。あれは中々頑固で一度決めたら梃子でも態度を改めない。
 私は床に転がる『食べ滓』を一瞥して、その様とオペラを重ね合わせた。
 体が、疼く。

「ヴァニラ」
「後始末でしたら、お任せくださいませ」

 部下を部屋に残し、オペラのいる書斎を目指す。暇があれば本と顔を付き合わせているやつは、初めて彼処に招いた際、珍しく素直に謝辞を述べた。向けられた数少ない、含みのない笑み。
 よほど好きなのか、それ以来、日の大部分をそこで過ごしている。このDIOの言葉をも無視するほどに集中している時もあった。

「オペラ」

 今日も、そう。
 私の呼びかけにぴくりともせず、蟻の密集したような印の配列を追う横顔。表紙には、薔薇の育て方という文字。
 小さな顎を掴み、無理やりこちらに向ける。変わらない表情に苦いものを感じる。

「私が呼んだら、3秒以内にこちらに来いと言ったはずだ」

 もう一度低く唸ると、

「忘れたのか?」

 漸く、男の瞳は私を映した。
 
「DIO。口の周り、ベタベタだよ」

 息を飲む。
 オペラはその目から静かに涙を流して、私の口を拭った。ルージュ替わりの血液が刷り込まれる感触。表情と口ぶりがまるで噛み合っていない。
 迷える子羊の瞳に、保護者を気取る声音。

「何を泣く?」
「君が……嫌いで」

 音もなく泣く人間はそう呟くと、血に染まったハンカチと涙を床に落とした。震える体に痛みのない上質なチェスナット・ブラウンの髪が揺れる。
 見据える目が、どうしてそんなことが出来るのかと問いかけてきた。

「貴様らが豚や牛を食うのと同じだ」
「……それを豚が、悲しまないとでも思うのかい?」

 か細い声ながら諭すような口ぶりは、まるで王か兄のようだ。どんなに儚く見えてもこの人間は屈さない。力にも、情にも。

「その思想も含めて、貴様は私のものなんだよ。オペラ」

 雨に濡れた百合の花弁のように、白く冷たい頬。出会った時を思い出す。あの時もオペラは私を正面から見つめ、

「俺は、一欠片も君を好きになれない」

 甘ったるい色の瞳を、微かに歪めた。頬に重ねた手のひらに爪を突き立てられる。
 薄い皮膚は、脳に感じ無いはずの情緒過多な痛みを伝えた。 

「それでも俺は――」


 
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