空の下と無音の世界

空の


「起きたか」

 目が覚めた瞬間、このDIOの顔が現れても既に動じなくなったオペラ。
 慣れてきて喜ばしいことのような、惰性となってきたことが腹ただしいような、奇妙な感覚だ。

「ん……?……うん」

 男は覚醒しきらない瞳を擦り、もう一度布団に潜っていく。もぞもぞと動く毛布を無理やり剥がすと、恨みがましく睨まれた。最近ではそれも特別のようで、気に入っている。

「外に出してやろう」

 そう言って笑顔を向けると、苦苦しく顔を歪められた。
 向けられたは視線は、俺が手にした首輪。いよいよ口角が上がる。


「苦しい。とんだ悪趣味だねDIO」

 鎖は全力で拒否されたので、仕方なく首輪だけで表へ出る。深い森の深い緑。夜はまだ始まったばかり。
 不満ばかり述べているが、辺りをキョロキョロと見渡すオペラの足取りは軽い。地を踏みしめては、楽しげに笑った。

「慣れろ」
「やだ」

 生意気に舌を出して、男は歩みを早める。

「それにしても久しぶりだな、外」

 どっかの誰かさんのせいで、と浮かべる笑みは満面。葉の合間から差し込む月光。微かに照らされた横顔は、笑い声だけを残して消えてしまいそうに、儚い。
 背筋に、一瞬だけだが冷たいものが走った。

「それにしてもここは何処?日本じゃ、ないな」

 確認するようにもう一度辺りを見渡し、

「月が近い」

 呟いて空を見上げるオペラは、私に話しかけているわけじゃあない。
 己に語りかける酷く冷めた口調。上に差し伸ばした腕は、何かを掴むことなく下ろされた


「貴様は、まだ帰りたいのか?」
「勿論」

 視線は相変わらず夜空。
 細い首を締め付ける、黒い首輪。

「何処に」

 帰りたいのだ。
 そんな場所、潰してしまおうか。貴様が焦がれる物なんて、太陽だろうと壊してしまえばいい。

「俺の、好きな人達がいる場所」

 残酷な言葉。

「テレンス等が聞いたら、泣いてしまいそうだな」
「だって誰かの代わりなんて誰もできないんだよ」

 早く帰らなきゃ、との言葉を最後に、オペラは口を閉ざした。土の感触を味わうように、一歩一歩と先へ行く。呼吸の音も聞こえない程の静寂。 

「オペラ」 

 まるで縋るような声で、前を歩く男の名前を呼んでみせる。自嘲気味な笑みが隠せない。
 失うと怖いものなんて、このDIO、『安心』だけだと思っていた。今では、お前を失うことが恐ろしい。しかしこいつを手元に起き続けるのは、永劫、安心など得られないということだ。
 手を伸ばせば、すり抜けるような――。

「やめてよDIO。そんな顔しないで」

 振り向いたオペラは言う。自分が今、どんな表情を浮かべているのか分からないが、こいつの瞳に映る私は、普段と変わらない面でオペラを見ていた。
 歪む鏡像。

「好きになっちゃいそう」

 オペラの顔は、苦しそうに顰められている。





「冷えてきたな、帰るぞ」

 そう言ってDIOは、俺に背を向ける。
 君がそんな顔をするなんてずるい。どっちが『捕食者』か、分からなくなってしまうじゃないか。

「もう少し、」

 冷たい夜気が頬を撫でる。胸が苦しくなるような、土と夜の匂い。
 星は明るいのに、花の色も分からない程深く暗い森は、耳が痛いほど静かだ。

「夜が明けるまで」

 風。ざわめく木々の合間から差し込んだ月の光が、赤い花を浮かび上がらせた。

「このDIOに灰になれと言うのか」
「うん」 
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