愚かな女と悲しい話




「つまり、とっても素敵なのよ!」

 まるで夢をみているような虚ろな瞳、恋や愛を語る朱色の頬の乙女は、青年の冷めた瞳も気にせず話を続ける。
 朗々と続くそれは美辞麗句。否、賛歌――賛美歌に近いものだった。

「じゃあ君は、自分の意志でここにいるの?」
「そうよ。当たり前じゃあない。――美しくて気高くて、私は彼ほど魅力的な方に会ったことないわ!」

 歌うように、この館の主人へのあらん限りの賛美をつむぐぷっくりとした唇にひかれたルージュは、血よりも尚鮮やかで薄暗い部屋の中で妖艶に輝いた。床には数多の横たわる肢体。
 しばしオペラは、眩しそうに目を細める。 

「あなたは違うの?」

 狂信、妄信、妄執的。それが正しいと信じて疑わない。

「俺は……」
「可哀想な人ね」

 それは抗えない魅力を湛えた光。
 恋する女はオペラの言葉を遮り、自身のすみれ色の瞳を歪めた。そして嘲笑うように眉をひそめる。
 
「可哀想?」
「そうよ」

 闇に飲み込まれたくなかったら、闇になるしか無いの。
 勿論、女はそんなことは言わない。陶酔しきった脳ではそんな判断は出来る訳もなく――では、誰の言葉か。
 一人で何度も、「そう、可哀想。とても可哀想。あなたは――」。繰り言。しかしそんなものも長くは持たず、再び女は虚空に目を向け、幻の愛しい人を追うのだ。

「ああ、愛しているわ……」

 憐れむ理由(わけ)も告げず、

「DIO……さま……」

 女は死んだ。

「ああ、すまない。話し中だったか?」

 愛を囁く赤い唇も、白魚のようにいきいきとしていた指先も、初雪のようにふんわりとした頬も、すべてこの男の養分となり変わり果てた姿となった。
 恋に溺れた瞳は夢現のまま――死の間際その目に映ったのは俺だというのに。オペラは眉を上げ少しだけ笑う。

「別に」

 しかし血の味の口づけに、その笑みも掻き消えた。
 口の中に広がる不快な鉄の味は、この男の味としてオペラに刻み込まれる。きっと彼の顔を忘れても、この腥いキスだけは決して忘れることはないだろう。
 人間をやめた『人間』が、誰よりも人間臭い。

「んっ……」

 角度を変え何度も交わされる口づけに、青年の息は徐々に上がっていく。受け入れることのない唾液が口の端から落ちた。

「――ただ、少しだけ悪いことしたかな」

 DIOの肩を突き飛ばした青年の瞳からは、その感情にそぐわないほど静かに涙が流れる。離れてしまった唇を、DIOは名残惜しそうに舌舐りをした。

「彼女、君の目を見て死にたいって言ってた」「随分と傲慢な願いだな」

 可哀想な女(ひと)。
 誰を憐れんでいるのか、わからないままに青年は泣き続ける。頬を濡らす雫。体液のはずのそれは冷たく、肌の熱を奪っていった。

「まずはそう、その赤い、どんな宝石も決して敵うことのない瞳。その妖しい輝きを持つ目に見つめられたら、それこそもう死んでもイイって思えるよ。瞳だけじゃあない。その高貴で、それでいてぞっとするくらいセクシーな顔。値千金の髪。例えようのない響きを持つ甘い声。世紀の彫刻家でも、どんな天才画家でも、君の肉体の美を表せる人はいない。どんな才能に溢れた劇作家でも、どんなに沢山の愛の歌を歌った作詞家でも、君の微笑み以上に人を虜にするものは作れない。どんなに――どんなに人を愛せない人間でも、君を愛さないやつはいない――だってさ」

 そこで一旦言葉を区切り、深く息をついた。
 先ほどまでの神聖さを感じるほどの清らかな表情から一転、オペラの瞳には陰が落ちる。

「笑えるんだけど」

 青年はもう一度、口角を高く上げた。

「何が、可笑しい」
「君の目に、価値なんてない」

 自ら進んで首を落とす男、自ら望んで贄となる女達、金のためなら人も殺せる人間、ギャンブルに魅入られた執事。

「君たちは……おかしい」
「可笑しいのはお前だ」

 離れてしまった距離を詰め、真綿でくるむように、優しくそれでいて間違っても逃れることが出来ない、巧妙な抱きしめ方をする。 

「失う正気も持っていないくせに、何を言う」

 腕の中の青年に、死を告げる天使のように囁いた。
 

なぜかは、しそうに笑う


「オペラ。貴様には、貴様が望む死を与えてやろう」
「俺の理想の死に方は、畳の上で可愛いおばあちゃんになった可愛い奥さんと娘と息子と孫に見守られて死ぬことだから。君の出る幕は一切ないよ」
「子供は何人欲しい?」
「産めるの?それとも埋められたいの?」
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