少年と青年




「ね、え。ハルノ。は・る・の・くん」

 自分でも気味が悪いほどの猫撫で声を出して、俺は可愛い弟分の頬をつついた。
 彼は小刻みに口角を震わせながらも、険しい顔を貫く。どこまで俺がやるのか楽しんでいるのだろう。意地悪な子だ。

「付き合ってよ」
「駄目です」
「だって君が一緒じゃなきゃ、駄目だって言うんだ」

 DIOが。
 あれは何故か、俺がこの館を離れるのをひどく嫌がる。数えきれない交渉の結果――信じられないがこの年になって門限というモノを決められた。DIOは俺をいくつだと思っているのだろう――初流乃くんが同行の場合だけ、時々なら外に出ることを許された。
 ホント……ペットみたいだ、俺。

「駄目です。僕だってオペラさんにはここを出て行って欲しくないんですから」

 椅子に座って優雅に紅茶を含む初流乃くんは、後ろから抱きつく俺の髪の毛を少しだけ掬って唇を重ねた。
 どんな気障な行動も彼がするとまるで王子様のよう。やる相手をちょっと間違えていると思うけれど、イタリア育ちってこんなものなんだろうか。

「だからー出てかないって。ちょっと買い物に行きたいんだ」
「それでも駄目です」
「いじわる」

 声をいくらか顰めて呟けば、初流乃くんがカップをソーサーに置いた。怒られるのかと思って少し身構えるけれど、なぜか拍子抜けするほど優しく指を絡められた。

「そんな可愛い顔しても駄目です」

 そのまま手の甲へキス。流れるように無駄のない動きは、自信に満ちていて、こんな時ばかりは『あれ』との血縁関係を認めざるを得なくなる。

「初流乃くん」

 といってもこの美少年の気品あふれる顔立ちは、間違いなくあれ譲りだ。
 優しげで、それでいて意思の強そうなエメラルドグリーンの瞳を除いて――びっくりするくらいDIOと似ている。

「何度言っても無駄です」
「……ジョルノくん」
「……なんですか」
「ドン=ジョバーナ、お願い」
「嫌味ですか?」

 かすかに曇る柳眉さえ、色こそ違えど同じ角度。
 (そういえば、金髪なのにDIOの眉は黒い。……染めているのか?)
 
「なぜ? ねえ、デートしようよ。初流乃くん」

 妙な呼び方を嫌がる彼に俺は素知らぬ顔をして、形よい唇を指の腹でなぞった。少し厚めで柔らかい初流乃くんの唇は、わざとらしい上目遣いの俺を見るとにこりと孤を描く。
 「まったく……どこでそんなの覚えたんですか」と喉の奥で笑う彼に、「好きなタイプの女の子を真似してみた」と言ったらますます笑われた。

「しょうがない人ですね」

 柔らかく微笑まれてしまえば、どちらが年上かわかったものじゃない。

「じゃあ――」
「ただし、いくつか約束してください」

 今度は初流乃くんの指先が、喜ぶ俺の唇を撫でた。なめらかな感触がくすぐったい。

「なんだい?」

 一つ、と指を立て、

「僕の目の届かないところにいかないこと。僕から離れないで下さい」
「ん」
「二つ、美人に声をかけられても付いて行かないで下さい」
「しないよ、そんなこと」

 あんまりに真剣な顔で心配してくるのが面白くて、茶化すように笑う。
 それにしても――うん、ますますペットだ。

「デートなんですから。僕から目を離さないで下さい、ってことです」

 気を抜いていた耳元に、色っぽく囁きかけられる。背筋がぞくりとした。

「ま……魔性め……」
「あなたがですか?」
「どうしてそうなるんだい……。で、それだけ?」

 あともう一つ。


「愛してると、言って下さい」
 

 椅子の上で身を捩り、初流乃くんは真っ直ぐと俺を見つめる。

「あ……」
 
 飲み込まれる。

「愛してる、よ」
 
 一瞬息が詰まった俺がそう笑うと、初流乃くんの目元には不自然な力がこもり、バランスの崩れた表情はいつもよりずっと幼く見えた。

「――――ない……」

 聞き取れない言葉と、見開かれたままの瞳が揺れる。俺も同じように目を開けば、彼は懸命に平静を取り戻そうとする。
 張り付いた、初流乃くんらしくないいびつな笑み。微かに震える口角が、酷く痛ましかった。

「初流乃くん」
「本当に――しょうがない人ですね」

 あなたは。
 ようやく細められた、エメラルドグリーンの瞳。いますぐにでも同じ色の雫が零れてきそうな、そんな色。
 俺は、言ってはいけない言葉を、口にしてしまったようだ。
 

A


「一番大事なものは自分、一番嫌いなのも自分。上から下まで己。あいつは……一人で完結してる人間なのかもれないな」
「平等とは……得てして残酷なものだ」
(とある博士はかく語る)

「欲しい言葉はなんでもくれる。耳障りのいい甘言も、少し子供扱いしたような意地悪な言葉も。――欲しくない言葉はなんでもくれる。拒絶の言葉も、偽りの言葉も」
「何も知ろうとしてくれない彼は――何もかも知っているような顔をして、本能的に一番は僕にくれないんです」
「一番欲しい言葉も、一番言ってほしくない言葉も」
(少年Hの独白)
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