Sweet honey.I love you,I need you!


「エリザ、今日あいてる?」

 前の席の友人が、振り向いてそう笑った。今後の予定なんて、家に帰って読みかけの図鑑を開くくらいしかなかった私だ。
 勿論と頷く他に、選択肢はない。

「開いてねェ」

 はずだったのに、後ろの席の空条がなぜか私の耳に顔を寄せてそう唸った。どうして私の予定をきみが知ってるんだ。

「空条?」

「エリザ」

 緑色の瞳が、いやに必死だ。

「……お前が、必要なんだ」

 もとより低い声を更に低めて、骨に沈むハスキーボイスで私に囁きかけた。回りで被弾した女子が、胸を抑え苦しんでいる。こわい。この男こわい。
 私としてもいくら慣れたてきたとはいえ、こんなにも近くでこの声を聞かされると些か腰のすわりが悪い。

「付き合ってくれ」 

 今度は退屈そうな顔をして、私の髪に指を絡める空条。
 この友人は過程を踏む時や説明をする時、酷くかったるそうな目をする。その過程や説明だってこちらからしたらショートカットすぎてなにが言いたいのかさっぱり――だったが、今ではこの男の言葉足らずさが心地よくなってきた。いつの間にか随分と馴染んでしまったものだね。
 
「いいけど、どこに?」

 なんてベタな返答なんだと思うでしょうが、彼に関して言えばこれが正答なのです。
 空条は険しい顔をしたまま、ポケットにつっこんでいてしわくちゃになったチラシを取り出した。

「『ラブラブなカップルフリフリでチューパフェ』……?」



 女の子やカップルばかりの店に足を踏み入れれば、咽返るようなバニラエッセンスの香り。緩む頬を、「だらしねー顔してるんじゃあねえ」と空条に引っ張られた。

「いらっしゃいませー。二名様でよろしいでしょうか」

 同い年くらいのウェイトレスさんは頷く私達を席まで案内してから、いくつかメニューを説明して去っていった。秋の味覚フェアと称して、マロンパフェやかぼちゃケーキなんかが展開されている。

「どれも美味しそうだね」

 もうすっかり秋なんだなとオレンジと紫を基調としたカラフルなメニューに目を通しながら笑えば、空条が黙ったまま、本題を忘れるなと目で訴えてきた。そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃないか。
 私が少し肩をすくめて呼び出しボタンを押せば、空条の視線はこちらに向かった。目に見えて残念そうにする空条を鼻で笑ってから、テキパキと注文を取りに来たお姉さんに飲み物を頼む。

「ブレンド一つと――。空条は?」

「コーラ」

「かしこまりました」

「あと……」

 そしていざ『アレ』を頼もうという段階で空条を見れば、友人は澄ました顔で「頼んだ」と言った。おやおや空条くんったら。
 長い腕と足を持て余し気味に組み換える彼をじっと見据え、私は首を振る。

「やだ」

「ハァ?」

 この店のスペシャルメニューはカップル限定。

「ほら、空条。店員さん困ってるよ?」

 『愛してる』をキーワードに注文が通るそうだ。
 自然に高まる口角。苦々しく口を歪めた空条の、無骨な手の甲をそっと撫でる。

「承太郎」

 怒りか羞恥か。友人の目元が一気に赤みを増した。

「――あ………………」

 喧騒の中の沈黙。それでもさすがの彼もこの雰囲気はいたたまれないのか、ギリと一度歯ぎしりをして、

「あ……愛してる……ぜ」

 搾り出すようにそう呟いた。
 汗さえ滲む苦悶の表情と反比例して、ようやく解放されたウェイトレスのお姉さんはにっこりと微笑む。「はい。ではこちらの『ラブラブなカップルフリフリでチューパフェ』おひとつで!ご注文は以上でよろしいでしょうか」と言い切る彼女のプロ根性に心で拍手を送って、張り付いた笑顔のままその確認に頷く。

「……空条すごい顔。ちゅーしなきゃいけない、とかじゃあなくてよかったね」

 ウェイトレスさんの後ろ姿を見送って、こともなげに笑う。友人の眼光は人を殺せるんじゃあないかと思うほど鋭くなった。

「テメー……裏切りやがって……ッ」

 あんまりにも恨みがましげに睨まれて、私は恐怖を通り越して吹き出してしまった。



「――なんてこともあったね」

「くそ……思い出して腹が立ってきやがった……」

 頬杖をついて窓の外を見つめる私と、眉間に深く深く皺を作って煙草を吸う空条。

「承太郎」

「あ゛ぁ?」

 唸り声と一緒に吐き出される白い煙が、生クリームみたいで綺麗だ。

「愛してる、よ」

  見開かれた瞳、左右不対称な眉、ひきつる頬。
 
「きみのその緑の目とか大好き。その柔らかそうな唇も舌入れてちゅーしたいくらい好き。煙草を挟むふしくれだった指もおっきい手も低い声も、なんだかんだ付き合ってくれる頼り甲斐があるとこも愛してる」

「はい、では『ラブラブなカップルフリフリでチューパフェ』おひとつで!」

 恒例となったカップル限定メニュー。毎年キーワードは進化していく。

「お願いします。あとブレンドとコーラひとつずつ」

 苦々しげに煙草の火を消した空条は、もう一度ライターの火をつけた。行き場のない感情に左手の指が小刻みにテーブルを叩く。

「……やだ承太郎、すごい顔」

 今回もまた、私の前にはコーラが置かれて、空条の前にはコーヒーが置かれた。

「糞野郎が……ッ!」

 頭を抱えるきみと過ごす、三度目の秋。
 ものすごい速さでなくなっていくホイップクリーム、チョコシロップとバニラアイス。巨大なパフェはまたたく間に消えていく。


END
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