睦言は湯船に溶けず

微妙にエロです。大学に入って一人暮らし太郎。
 
「空条、ウェディングケーキどうする?」

 いつもの戯言だ。おおかた、読んでいる雑誌にウェディング特集だとかそんなものが乗っていたのだろう。休日だと言うのに俺たちは、一度本屋に足を運んだだけで、特別なにをするわけでもなくお互い好きなことをしていた。
 俺の方は水槽の温度を調整し終え、冷めたコーヒーを飲んでいた。
 いつもの休日だが――自分の部屋に恋人がいる。そういう状況は、悪くないと言えば悪くねえ。

「おめーに任せた」「ん、じゃあ好きなの選らんどくな。ねえ空条、ドレスはいつ見に行こうか」「任せた」「スケジュールだしといてね。ねえ空条、ライスシャワーはやってもらう?」「米は炊け」

 縷々とした会話はそこで途切れ、冗談のつもりはなかったのだがきゃらきゃらとした笑い声が上がった。「きみと結婚する人は大変そうだ」。まるで、他人ごとのような言葉。
 そんな意図はないのだろうが、心臓がひやりと音を立てた。
 同じタイミングで、エリザが小さく体を震わせる。日が落ちて、段々部屋の温度も下がってきた。それだけの所為じゃあないのは、そわそわとしだした態度で分かった。

「……薄ら寒い格好してんじゃあねえよ」

 少し苛立ちを込めて言ってみせる。足を丸めて座るエリザは、目を丸くしてこちらに目をやった。
 それから「何を言っているんだ」と首を傾げて、四つん這いになって俺の目を覗きこむ。顔が近い。羽織っていた上着を脱いだエリザの格好は、ひらひらとしたスカート。細い腕と足を覆う布は短く、かろうじて肩と太ももを隠している。

「変?」

 返事をしないまま見つめ続けていると、エリザは少し不安そうに眉をひそめた。
 今度は俺の方が驚かされた。なんと言われようと、怒るか一笑に付すだけだと思っていたのだが――、可愛いじゃあねえか。

「いや……食っちまうぜ?」

 本能の赴くまま呟く。ことさら大きく、色の薄い目が見開かれた。海の色だ。

「……ああ、食われたくて、そうしてるのか」

 手を伸ばして、頬に触れる。一瞬、女は怯えに似た身動ぎをした。しかしすぐに立て直す。きっと唇を引き締め、さっきまで読んでいた雑誌に顔を向けた。

「急に怒ったと思ったら、つ、都合のいい頭をしてるね! 見なよ、雑誌にはもっと寒そうな服っていうか、その、」

「よそ見なんか、するもんじゃあねえぜ」

 顎を掴み視線を戻させる。目が合うとエリザはバツが悪そうに、ぐるぐると喉を鳴らした。
 ふと思い当たるもの。もしも外れていたら、恥ずかしいなんてものじゃあねえが――。

「図星か」

 考える前に口をついた。半分以上、願望だ。

「ちが……ッ……く、ない……久しぶりに会ったんだから、」

 少しくらい期待するだろ、普通。と恨みがましげに睨まれる。
 心臓が締め付けられる。

「っわ! いや、その、でもそろそろ、帰、る……!」

 それと同じくらいの強さで抱きしめると、女は笑えるほど狼狽えだした。
 くそ、ったれ……。なんなんだこいつは。反抗するなら最後まで……ッ。

「きみ……明日、早いんだろ?」

 だから我慢してた俺の気持ちはどうなるっつうんだ。

「時間なら、まだあるだろ」

 もう、許してやらねえ。
 服の中に手を滑り込ませる。なだらかな起伏と吸い付くような肌の感触に、俺は無意識に生唾を飲み込んだ。

「くう、じょ……ね、空条、ってば」

「うるせえ。黙って、愛されてろ」

 しばらくの間、夢中で貪った。
 灯りを消せだの、少し待ってだのという制止も無視して。恥じらいながらもか細い声で喘ぐ恋人はいつになくしおらしくて――ひどく興奮してしまったことは否定できない。
 床に広がり乱れる金の髪が、目眩がするほどいやらしい。
 
 全身で息をするエリザを見下ろしていると、再び熱が首をもたげる。頬は紅潮し、目には乾き切らない涙が浮かんでいる。そしてうっすら開かれた唇の中では、罵声と喘ぎの入り混じった声が唾液に溶けている。
 このままじゃあ、いつまでたっても収まりがつかねえ。
 朝が早いことは確かだ。俺だけのことならどうとでもなるが、エリザ自身も早朝の飛行機で戻るはずだ。これ以上体に負担を掛けさせるというのもどうだろう。
 俺は覆い被さるようにしていた体を起こす。
 
「風呂」

「終わったらその態度か……! ねえ、それはあんまりじゃあないのかしら」

 そんな優しさからの言葉だったというのに、返ってきたのは羞恥と気まずさの入り混じった唸り声だった。些かに腹が立ったが、すがるように伸ばされた腕にそれも引っ込んでいく。

「……美味かったぜ。一緒に入るか?」

 振り返って素直にそう言ってやると、エリザの顔が一気に朱に染まった。それを見届けて、俺は風呂場に足を向ける。自分の口が、満足そうに歪むのを感じる。所謂言い逃げってやつだ。今日はらしくねえことを口にし過ぎて、舌が痒い。

「入るか馬鹿ァッ!」

 しかし、そんな俺の背中に罵声が届いた。こっちが下手に出てやったらそれか。俺はもう一度踵を返し、エリザを横抱きにした。喚く女を強行でひん剥いていく。


「本気でどうしたの、空条……」

 湯船の水面をパシャパシャとさせながら、私は言った。後ろから抱きしめられて、まだ落ち着かない心臓の音が二つ。それもだんだんと足並みを揃え、ゆっくりと落ち着いていく。

「どうもしねえ」

 無愛想な声音に交じる含み笑い。

「……甘ったるい。恥ずかしい。馬鹿」

「馬鹿はおめーだ……俺もだけどな」

 泊まってけよと首筋に当てられた唇は熱くて、さっきまで自分がどれだけ乱れていたかを思い出す。

「う、……ぁ、も……好き……ッ!」

 ずっるい!
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