カプリオール
学帽を被った男を筆頭に、"ジョースター一行"はどれだけ煽ってもこちらに仕掛けてはこない。どういうことだ。大男は総身に知恵が回りかねないのではないのか。
まいったな。「もういいや」と言ったばかりでなんだけれど、無抵抗の人間を殴るというのも気が引ける。ではどうするか。方法はあっけなく導き出せた。記述する必要もないほどだ。
「"マザー"」
返事代わりに、低く喉を鳴らした私のスタンド。いや、そんな可愛げのあるやつじゃあないか。鮫のような歯列からダラダラと垂らしていた血液を、ただ飲み込んだだけ。
"これ"がなんだっていい。"ジョースター一行"が何のためにあの方と戦うのかだって、それこそあの方がなんだろうが、私にはなんの関係もない。
「『あたまはからっぽさ』」
激情に身を任せろ。
倒さなければあの方が傷付くかもしれないのだ。
動かないままに、私の頬は風を切る感触を知る。オート操作になった途端、"マザー"は真っ直ぐに男へと突っ込んでいった。"マザー"の背中が遠くなる。喜びとも悲しみともつかない咆哮が轟いた。
そして視界が白んだと思えば、目からとめどない涙が流れでていた。
「承太郎ッ!」
いくつかの声が重なったそれを遮るように、
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……ここまで馬鹿だとは思わなかったぜ」
低い、地を這うような声がする。声と言うよりは振動だ。
その声の主の拳、いや、その声の主のスタンドの拳は、わが愛しき"マザー"の鼻っ柱に食い込んでいる。
「完全に、プッツンってやつだ」
隠し切れない怒気がここまで伝わってきた。
「この馬鹿女は、おれが殴る」
もう殴ったじゃないか。
「痛い」
スタンドが受けたダメージは本体にも影響すると、誰かが言っていた気がする。そんなことを妙に冷静に考えながら、流れる血と涙を拭う。骨は折れていないようだ。すんと鼻を鳴らせば、口いっぱいに鉄分の味が広がった。
砂漠にそれを吐き捨てる私に、「随分と様になっているじゃあねえか」と男とスタンドは邪悪な笑みを浮かべる。
「これで、終いか? 野生動物と同じだな。顔を殴れば怯えて牙をむかねえ」
「今度はきみが挑発する番?」
倒さなければあの方が死ぬかもしれないのだ。
冷静なつもりでいたが、精神体の反応は顕著だ。自分に素直なそれは安い挑発と痛みに暴れ始める。滅茶苦茶な動きで両手の刃を振るう。単調な動きは全てさばかれ流され、更に狂乱状態の"それ"は応戦の拳を避けないものだから、こちらに一方的なダメージばかりが貯まる。
まいったな。インパクトの瞬間に怯むということがないから便利だと思ったが、戦闘慣れした相手にはやはり通用しないか。では、
「エリザ……少し熱いかもしれないが、堪えてくれ。"魔術師の赤"」
こちらが対応を変えようとした端からこれだ。多勢に無勢。思えば、戦隊物のような現状だ。では彼がレッドか。燃え盛る火さえ拒まない私のスタンドは、文字通り狂ったようにターゲットを変えようとしない。
「ちっ……!」
褐色の男は舌打ちをして、"マザー"への攻撃をやめた。その代わりに"マジシャンズ・レッド"と呼ばれるスタンドは"マザー"を後ろから羽交い絞めにした。
「承太郎、今のうちに」
無血主義か?まったくなめられたものだ。
「『それを奇跡と呼んだよ』」
倒さなければあの人が死んでしまう。
砂漠が唸る。私が、血を吐き出した辺りだ。鈍い音に振り返っても遅い。砂は蛇のように"マザー"を羽交い絞めにしているスタンドの首へ絡みつく。その隙をついて、"マザー"は地面に四つん這いになった。
「細かい作業は、苦手なんだ」
先ほど以上の地鳴りが、ごう、ごうと――。
「潰れちゃったらごめんね」
警戒体勢なんてなんの意味もない。風呂敷で包み込むように、ブルー以外のヒーローたちは砂の檻に囚えられた。
ぐあ、とか、うあ、とか衝撃にそぐう悲鳴が聞こえる。上出来上出来。
しかし次の瞬間、私の体は宙に浮かんだ。世界が横転する。受け身をとる気力はあったけれど、体を起こす体力はない。
「とりあえず殴るって、よくないと思うよ」
横では、同じようにふっ飛ばされた"マザー"がよろよろと体をもたげている。
「これが、お前の能力か」
「答える義理なんか、あるか?」
唇が切れたのか、話す度にぴりぴりとした痛みがやってくる。まいった、本当にまいった。
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