ホライズンブルー
足元がふわふわした。
「DIOさま、DIOさま」
あのお方の姿が見えないと、どうしても不安が消えない。胸に何かがこみ上げては、このままじゃいけないと、その何かが叫ぶ。心臓がどんどん冷えていく。人のいない遊園地で、迷子になってしまったようだ。
私は広い広い館を、あてもなく、ただひたすらにあのお方を探すためだけに歩きまわる。
「DIO、さーまー」
遠くで鳥のなく声がした。夜なのに、そんなこともあるんだなと、私は泣きそうになりながら思う。
「DIO――」
「情けない声を出すな」
角を曲がると、肉の壁とぶつかった。鍛えられていて……かつむきだしな太ももから視線を上げれば、眉間に深く渓谷を作ったヴァニラ・アイスさん。DIOさまの側近の方で、鍛えあげられた肉体をユニークな格好で包んでいる。レオタード。
「丁度良かったです。アイスさん、DIOさまがドコにイルかシリマセンか?」
あれ?
なんだろう。一瞬、自分の舌が唾液で錆びてしまったようだった。言葉と感情が一致しない。また心臓がひやりとした。
アイスさんはそんな私を興味なさそうに見下ろして、口を開く。
「貴様に用があればこちらから声を掛ける。それまでは、部屋でおとなしくしていることだな」
「でも、」
もう半日もあのお方と会っていない。これ以上離れていると――考えるだけで、心と体が千々に引き裂かれそうだ。こんなに苦しい思い、きっと一度もしたことがない。
「お願いします」
助けて。
どうしても私は、呼ぶべき名前を思い出せなかった。
※※※
「DIOさま!」
ひたむきな表情でDIO様に駆け寄る女。この女の笑顔は、太陽に似た、嫌な匂いがする。この館には不釣合いなほど屈託ないそれは、生後11ヶ月の赤ん坊よりも無防備だ。
こいつはホルホースの姪で――愚かにもDIO様に楯突くジョースター一行の一人、だった。仲間の裏切りというのはやつらにとって大きな痛手になるだろう。この女がきちんとした勤めを果たせるとは思わないが、少しでもDIO様のお役に立てばいい。
「御用ってなんですか?」
DIO樣の輝ける美貌を映しているせいか、女の忘れな草色の瞳は目障りなほどに輝く。
「エリザ、わたしたちは『友』、だな?」
「いいえ」
しかし反吐に溺れかけていた女とは思えないほど、信頼しきったその瞳が、
「私はあなたの忠実な部下です」
すこしだけ哀れに思えた。
DIO様のお側にいられて、お役に立てて、それ以上の誉れなぞあるわけない。けれど女のプラチナブロンドが風もないのに靡く度に、わたしはこの女が憐れで仕様がなかった。
「しかし、これは友としてお願いだ」
「DIOさまからのご命令でしたら、私はこの生命に変えましても」
「頼もしいことだ」
DIO樣は勿体無いほどに女に顔を近づけ、囁くように言葉を紡ぐ。
「わたしの命を狙っている人間が、この館に向かっているらしい」
瞬間、わたしの背に冷たいものが走った。
「それは、随分と分をわきまえない馬鹿ですね」
「わたしが出向いてもいいのだがな、そうすると五月蝿い女が一人いるのだ」
「ふ」
それは本当に一瞬のことだ。
「あなたに、絶対の安心を」
エリザはそう言って、DIO樣の手の甲に恭しく唇を落とした。その唇は、花びらのようであり――もっと恐ろしいなにかにも見えた。
――わたしが恐れたのは、どちらだったのだろうか。
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