アドマイヤ
清々しい朝です。
昔話に出てくるような洋館の、さらにドラキュラ伯爵が住んでいそうな一室。カーテンをしゃっと開けばきらきらした日差しがまっすぐに入ってきて、豪奢な部屋を明るく照らしだした。エジプトの朝日は、空を鮮やかな橙色に染める。きれいだなー。
「DIO様、DIO様、起きて下さい」
この感動を分かち合いたくて、芸を凝らした美しい細工だらけの棺を二三度ノックする。しかし、中からは沈黙しか帰ってこない。
「でぃーおーさーま」「WRYYYYYYYYY!!!!!!」
ついつい強行手段に出てしまう。主人の眠る棺の扉を開ければ――いつの間にやらカーテンが閉まっていた。いつもながら見事なお手前だ。
自然と顔には笑みが浮かぶ。それは決して、肩で息をするDIO様の姿が滑稽だからじゃあない。こんな素晴らしい人にお仕えできる喜びを、今朝もかみしめているのだ。
「き、貴様……ッッ!このDIOの寝首を、二度も掻くとはいい度胸じゃあないか……ッ!!」
「おはようございますDIO様」
「朝食の準備が出来ました」、と告げると、DIO様の花のかんばせは少しだけ曇った。勿論その程度の翳りは、このお方の完璧な美貌の前にはちょっとしたアクセント、むしろ神々しさに磨きがかかるだけ。
「いかがしましたか?」
かといって、それが気にならないかと言えばそうではない。やはり忠実な下僕としは、主のちょっとした変化も気にかけていきたい。
「……だ」
「はい?」
そして完璧な主人にも弱点が一つ。彼の方はどうやら朝が苦手なようで、起こす度に――といってもまだ二回目なのだけれど――いつもははっきりとした言葉に明瞭さが欠ける。それさえ計算されたまでに愛らしい、愛すべきご主人さまと言うわけだ。
「貴様は何度言ったら学習するのかと言っているのだ!」
「なにがでしょうか?」
「……頭が……痛い……」
「お風邪でも召しました?」
大事なお体なんですから、ご自愛下さい。そう言うと、後ろから何者かに殴られた。
「――ッッ!!痛い!」
「お早うございますDIO様。エリザにちょっと話があるんだがいいですか?」
「おじさん!でも私、まだDIO様のお手伝いが」
「一向に構わない。早くいけ」
な……なんてお優しい!
嫌な顔せず、むしろちょっぴり嬉しそうに私に休憩をくださるDIO様。
拝啓空条並びにジョースターさん、花京院、アブドゥルさん。こんな素晴らしいお方にお仕えできて、エリザはとっても幸せです。
「それで、どうしたのおじさん?」
手を引かれて、DIO様の寝室を出る。蝋燭が転々と置かれた長く広い廊下。
この館はどこもかしこも、暗すぎる。DIO様がいなければ、きっと気分まで滅入ってしまうだろう。
そして人を呼び出しておいて、「えっとだな」と口ごもるおじさん。彼はテンガロンハットを脱いで、自分の髪をかき乱した。多分この人の悩む時の癖なのだろう。
……前にもこんな姿を見た気がする。記憶にあるのより、もっと最近。
「あーエリザ、言いたいことは山ほどあるんだけどよォ〜」
「うんうん」
どうも違和感がある。何がと問われれば答えられないのだけれど、全てしっくりこないと言えばそうだし、全て前と何も変わらないとも言える。
「とりあえず、」
不思議な気分だ。
「もう何もすんな」そう言ったおじさんは、酷く疲弊しきった様子だった。
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