アブダクドルフィン
両手両足を縛られ猿轡まで噛まされる、これが全て実の『叔父』の仕業だなんて信じたくない。 ジープから伝わる振動によって吐き気まで催してきて、どこまでも最悪な気分だ。
うなりながらミラー越しにおじさんを睨めば、ちょっぴりだけ怯んだように煙草を噛む。
「悪く思わねェでくれよな〜〜ァ」
思わないわけあるか!
私の気迫が伝わったのか、おじさんはため息を一つついた。片手でハンドルを握りもう片方の手で頭をかく姿は、どこから説明しようか言葉を選んでいるようだった。
埃っぽい車の後部座席に寝転がされた私には、周りの景色も何も見えない。窓からのぞくのは青い青い空だけ。これからドコに連れて行かれるのだろう。
もしかしておじさんはまた借金か何かでも作って狂言誘拐か――どこか地下帝国にでも私を売りに行こうとしているのだろうか。そこまで考えて、あまりのくだらなさに失笑する。おじさんがそんなことをするわけもないし、したところでうちにお金はないし私に商品価値はない。これもまた質の悪い悪戯か何かなのだろう。じつに、女の趣味以外の趣味が悪い人だ。
やれやれだわ、ってやつだね。
ひと通り思考の整理がついた私は、未だ何かを悩み続けているおじさんに声をかける。
「もごもご(とりあえずこれ解いてよ)」
「大体エリザ、オメェもよくないんだぜ〜〜。俺は前々から言ってただろうが。ナンバー1よりナンバー2!『長いものには巻かれた振りをして、隙を突いてぶっ潰せ』ってよぉ」
「ふぉんなのふぁひへへひいふぁわ(そんなの初めて聞いたわ)」
「そうだっけかぁ〜?」
なにかを隠そうとしているのか、なにか真相がとても言い難いことなのか。
見え透いた誤魔化しを繰り返して、おじさんは煙草の火を消した。新しく咥えたそれにライターを近づけ、深い息と共に白い煙を吐き出す。まるで思春期の少年のように落ち着きのない姿に、私の背中には嫌な汗が伝う。
……どれだけ、酷い理由なんだろう。
「今俺がこうしてるワケは、なぁ――」
ドッドッドと心臓がいよいよ鼓動を早めた。体温の急上昇、なのに手足はやけに冷たい。
助けて空条。
こういう場合、彼ならどう切り抜けるだろうか。目を強くつぶって彼の無愛想な顔を思い出す。こんなときなんだから笑顔で慰めてくれてもいいじゃないか。想像の中でさえも意地悪な奴だ。
「助けて、空条」。もう一度心で繰り返す。私の頭の中の空条は、本物そっくりに学帽をずらして――「気合、だぜ」。
「ひゃくただう(役立たず)!!」
「うおっ!なんだなんだ!?」
「やんえもあい、ううけえ(なんでもない、続けて)」
なんて、なんて役にたたない助言だ……っ!
私は理不尽に友人を恨むと、話を続けるようにもう一度おじさんをミラー越しに見た。気まずそうに目を逸らす彼の表情は、普段のおじさんからは考えられないほど曇っていた。こんな顔をみるのはそれこそギャンブルで負けがこして、父さんにお金を借りに来た時以来、そしてそれ以上――
「『DIO』に、いや、」
だ。
「――DIO様に楯突くのがまずかったんだ」
『DIO』。
「お前にはいい叔父さんでいたかったんだけどよぉ……俺だって命が惜しい」
「それに、どうせ勝てねェんだからここで捕まっといて良か――」。その言葉は最後までいかない。私を縛っていた紐が、ブチブチと音を立てて千切れたからだ。
自由になった両手で、口元に巻かれた布を破り捨てる。そして叩きつけた。
「今、なんて言った?」
こんな低い声、十何年生きてきて出したことがあっただろうか。
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