アンクル

 そんなわけで私inカイロ。度重なる妨害にも屈せず、私はこの渇いた大地にたどり着いた。
 少しばかり時間を食ってしまったのはなんと憎き『DIO』やらのせいじゃあなく、SW財団、つまりは身内が敵だった。

「んにゃろー」

 一度舌打ちをしてみせるが、まあ一応は問題なく目的地についたわけだ。全てを水に流してあげよう。
 そう思い、辺りを探したり、こっそり着いてきていたSW財団の人に話しかけてみたりするが、彼らの姿は見当たらない。

「あのーお兄さん?」
「ああ、先程の」
「ええ、さっきのです。空条たちは?」
「どうやら、まだ着いてらっしゃらないようですね。順調であればもうとっくに付いているはずなのですが……先にホテルの方で待ってらして下さい」

 笑顔で空条たちと合流するつもりだった私にとって、ホテルの部屋に届いたジョースターさんからの電話はとんだ拍子抜けだった。

「中国?」
『う、うむ……』

 今度こそ『DIO』の妨害で飛行機が墜落してしまったらしい。運良く怪我はないらしいけれど、これからの旅が伺えるようなスタートだ。

『エリザくん。悪いことは言わない。すぐにでも日本に帰りたまえ』
「やです。なんならこのままDIOの館を探して――」
『エリザ』
「……わかりました。みんなが来るまで大人しく待機しています」

 だから早く来て下さいね。お説教が始まる前に受話器を置いて、私はベッドに飛び込んだ。
 一人で居ると、無駄な考えばかり浮かんでくる。

「……DIO」

 目をつぶれば、母さんの写真に重なるように、闇に佇む『DIO』の写真が浮かんだ。心臓がチリチリと焼けるように熱くなる。

「スタープラチナ、ハーミットパープル、ハイエロファントグリーン、マジシャンズレッド」

 見なくてもわかる、ベッドサイドに立つ私の『スタンド』。

「きみの名前は……どうしようか」

 顔を横に向け、手を差し伸べる。指先に触れたその体は冷たく、どこか暖かかった。

「『舞の海』――だけは遠慮したいよねぇ」

 ゆっくりと、瞼が落ちてきた。 
 『スタンド』が、何か言っているような気がした。


 
「は、はい。もしもし――ジョースターさん!?」

 次の日、私はコール音で目を覚ました。どうやらあのまま寝てしまったようで、制服には無数の皺が出来ている。

「申し訳ありません。私です」
「あ、あなたですか……。どうかしました?」

 明らかに落胆した声をあげる私に、電話の向こうのお兄さんは少しだけ笑い声を上げた。承太郎ぼっちゃんじゃあなくてすみませんね、という彼は、未だ何かを勘違いしている。

「貴女の叔父だと仰る方が、ロビーにいらっしゃってます」
「叔父……?どんな人ですか?」

 私が知るかぎり、『叔父』という人間は一人しか知らない。母の弟に当たる人だ。
 けれど彼だとしたら……どうしてカイロになんかいるんだ?母と同じくアメリカ生まれアメリカ育ちの彼は、てっきり今も向こうに住んでいるものだと思っていた。
 そんな私の疑惑は、お兄さんの次の言葉で一掃される。

「ああ、はい。テンガロンハットを被ったカウボーイ風の――」

 時代錯誤。そんな格好してこんなホテルを訪れるなんて――ジョースターさんがとってくれたホテルはかなりの高級な場所だった。ベッドがふかふかだったし、絨毯は足が埋まりそうなほど。――、とんだ酔狂人か、
「ああ。叔父です。通してもらってもいいですか?」

 おじさんくらいだ。
 かしこまりましたと笑う礼儀正しい彼は、こちらが受話器を置くまで電話を切らない。

「――失礼します」

 それからすぐに、部屋の扉を叩かれた。

「はーい――あ、本当におじさんだ」
「本当に、ってのはどーゆうことだ〜?エリザちゅァん。それと、おじさんはやめろって言ってんだろうが」

 そこには見慣れた、それでも記憶よりいくらか老けた――こんなこと言ったら怒られるんだろうけど――おじさんが立っていた。
 なんだか色々な感情が渦巻いて、私は顔を見るのもそこそこに、おじさんの体に抱きついた。

「ふは。久しぶり」

 懐かしいおじさんの香りに、不覚にも涙が出そうになる。
 大きな手で撫でられるとますます胸が詰まった。

「久しぶりだな。立派になってるな、どこもかしこも」 

 いつもの軽口。いつもの掌。
 それらに気を取られていて、私はいつもの彼とは違う、硝煙の匂いに気付けなかった。

「ホーリスおじさん、今日はどうしてここに?」
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