OUR LADY

 その日初めて、私は本当の憎悪というものを知った。

「あは、は……命って天秤にかけれるんだね」

 穏やかじゃないホリィさんの寝息。
 今まで黙って話しを聞いていた私が突然発した言葉に、承太郎は低く唸る。

「エリザ」

 ――体が熱い。
 今にも泣きそうなジョセフさんと眉間に皺を寄せる空条の顔を、私はきつく睨んだ。二つの緑の双眸は、形は違えど同じく心配そうに歪んでいる。
 『DIO』、『DIO』、『DIO』。正直血統の因縁とか言われてもいまいち実感はないけれど、襖の向こう側で苦しむホリィさん。討つべき理由が他に必要だろうか。

「おいていく、なんて言わないでよね。空条」

 やけに五月蝿いと思ったら自分の心臓だった。

「足手まといだ」
「『スタンド』、ってさ」

 空条の後ろに立つ、『白金の星』とモハメドさんが名付けた物体。

「こういうの?」
 
 似たような『それ』が、私を庇うように前に立ちはだかった。
 海色のボディ。百合と薔薇、星のレリーフに覆われた体は、なだらかな曲線を描いている。瞑目した女性体。時折波打つように、青い肌に波紋が広がった。不思議と湧き上がる、信頼感。今はじめて見たのに、幼い頃からずっとそばに居てくれていたように感じる。

「名前つけてほしいな」

 空条は一瞬言葉を飲み込んで、

「……『舞の海』」
「いや」
「じょ、JOJO……仮にも女の子のスタンドにそういう名前はどうかな」

 すかさず花京院がフォローに入ってくれるが、ひどすぎる友人はそれを無視していくつも案を並べていった。

「『黒海』、『照ノ海』、『鯱の海』。『千代大海』とか女らしくねえか?」
「相撲取りから離れろッ!」
「『三毛猫泣太郎』」
「きみ何時代の人?」

 きみがボケ倒すんじゃあない、ともたれ掛かれば大きな掌で撫でられる。ようやく一息ついたけれど、ついたお陰で分かることもある。
 本当に微か僅かにだけど震える、空条の体。辛いのは私より彼なのに――頼ってばかりだ。

「あいつは、テメーの母親じゃねえ」
「それが何?」

 おいていかないで。
 空条の学ランを皺になるほど掴めば、「やれやれだぜ」と聞きなれた言葉と溜息が聞こえる。

「……どうせ、何言っても聞かねえんだろ」
「じゃあ!」
「おじいちゃんに聞いてみな」
「ここでわしに押し付けるのか! この孫がぁー!」

 そう頭を抱えるジョースターさんにしがみつけば、いつもは優しい瞳が、途端に厳しい光を帯びた。初めて見る、恐怖を感じる程真剣な目。

「危険な旅になる」
「わかってます」 
「……それが、わかっておらんと言うのじゃ」

 それでも、私の頭は場違いなほどに落ち着いていた。こういう顔をすると、ますます空条と似てるな、とか、綺麗な目の色をしているな、とか、そんなことばかり考えて――。

「大丈夫です」

 なんの根拠もない。

「……無理だと思ったら、すぐに諦めてくれるか?」
「花京院がよくて、私がダメな理由が分からない」

 ジョースターさんの右手をとって額に当てる。目を閉じて深く息をすれば、ざらついた手袋の感触が妙に遠くにあるように感じた。
 これでも体力には自信がある。勿論力やスピードなんかは空条達に敵うはずもないし、勝つ気もない。頭もそれほどよくないし、勘も運優れてはいない。

「これが、最後のわがままにするから」

 それがついていけない理由になるなら、私は私をやめてもいい。
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