sweet home

「そこんとこだが、おれもようわからん」

 私もようわからん。
 どさくさに紛れて学校から出、優しい私は空条の鞄を持って奴の家へ。
 いつ見ても立派すぎる和風庭園とお屋敷に目を瞬きながら、奥の部屋までホリィさんに案内してもらう。
 目に涙を浮かべる転校生。空条は彼に背を向け、帽子を微かにずらしていた。

「……やあ」
「よお」

 本当にわけがかわらない。
 引きつった顔のまま鞄を押し付けるけれど、友人はなんでもない様にそれを受け取る。 

「えっと、花京院、だっけ?」
「あ、ああ……君は?」

 目元をこする花京院の方に視線をやり、

「とりあえず、どうして先生があんな傷だらけだったのかな?」

 私は説明を求めるように笑った。
 空条では、到底丁寧な説明をしてくれないだろうとの人選なのだが。転校生は大きめな口を歪め、一瞬言葉を失う。
 私は「エリザ・バスカヴィルだよ」と名乗り、そんな彼の横に座った。

「エリザ」
「わかってるよ、これだけだって」

 制するように、私の名前を呼ぶ空条の低い声。私だって鬼ではないのだがら、尋問をするつもりはない。なにせ二人とも相当な怪我をしているのだ。
 そう答えれば、渋々と言った様子で彼も腰を落ち着けた。 

「あれは……」

 気まずそうな顔。なんとなく伝わるのは、彼があの騒動の原因だということ。思い出す先生の顔に、私の手には力が入る。
 しかし、怪我人を殴るというのは些か心が痛む上に――。

「私の……所為だ」

 多分盛大に空条に殴られたであろう彼に、追い打ちをかけるというのもどうだろう。拳を振るう彼のいい笑顔が目に浮かぶ……。
 しかも二人の間では解決しているようだ。

「じゃあ、明日先生のお見舞いに行こう」

 それなら私の口を挟む必要はないだろう。

「怒って、ないのかい……?」
「だから、お見舞い。空条も行くんだよ」

 目を丸くする花京院から、タバコに火をつけ始めた空条の方を向く。

「はあッ!?なんでおれまで……」
「先生にチューしたんだって?恐るべきキスの破壊力」
「……意味がわからねえ」

 意味がわからないのは私だよ、とため息を吐けば、縁側から柔らかい笑い声が聞こえた。

「ふふ、仲良しねえ」
「ホリィさん!」
「エリザちゃん、晩ご飯食べていくでしょ?」
「はい、ご馳走になります」

 にこにことするホリィさんに釣られて、自然と顔には笑みが浮かぶ。抜ける肩の力。「たまにはちったぁ遠慮でもしろ」と呟いた空条の声は聞こえないふりをする。
 私には『お母さん』というものがいないせいか、どうにも彼女には憧れを持ってしまう。好き、だなあ……。

「典明くんも」
「え?」
「典明くん、でいいのよね。傷も深いみたいだし、今日は泊まっていけばいいわ」

 そう微笑むホリィさん。花京院はいや、その、などと言いながらゆっくり立ち上がる。実に危なっかしい。

「いえ、ご迷惑をおかけしました」

 そう言い切るが早いか、ふらりと体が傾いた。支えた彼の体は、思うより重い。

「きみ、着痩せするタイプ?」
「あ、ありがとう……」
「そんなフラフラしてたら帰る途中で倒れちゃうわよ!」

 私がそれに同意をすれば、今まで黙っていた承太郎が肩を竦めた。
 諦めろ、と書いてある顔を見て、花京院は困ったように眉をハの字にした。


※※※

「はじめまして。私はモハメド・アブドゥルだ」

 エリザという少女にそう言って手を差し出せば、「はじめまして」と微笑まれた。
 柔らかいそれは兎に角純真そのもので、どこか危うく見えた。ともすればどちらにでも転がってしまうような、そんな脆さ。

「花京院、ちゃんと食べてる?」

 それにしても、不思議な光景だ。
 先ほどまで敵であったはずの少年と同じ食卓を囲む。それも、随分和気あいあいと。

「そうよ、いっぱい食べてね」

 世話を焼くホリィさんは、花京院の皿に新たな料理を乗せた。
 違和感なく彼を交えていられるのも、彼女らの人柄が成せる技だろう。

「ははは、こうして見ると二人の方が親子のようじゃのう」
「花京院とホリィさんが?」

 ジョースターさんの言葉に少女は笑う。
 彼は緩く首を横に振って、「ホリィと、エリザくんじゃよ」と優しい目をした。嬉しそうに、顔をほころばせるエリザ。
 不安になるほどおだやかな食卓だ。

「ふふ、親子だって空条……!」

 エリザは、右隣に座る承太郎の肩を興奮気味に叩いた。

「……御兄様と呼べ」
「ぜって〜〜〜〜〜〜〜〜〜……ぇ嫌。私のほうが誕生日先だもん」

 仲の良いことだ。こうしてみると生意気なだけだった承太郎にも、少しの可愛げが見える。
 左隣に座る花京院の肩が、微かに揺れた。

「おれの方が背が高ぇ」
「私の方が先にいつもの店のアイスコンプリートした」
「クレープはおれが先だ」
「こないだの数学のテスト、私のほうが点数よかった」
「あの日はおれがフケてたからじゃねえか」
「老け顔」
「ガキ」
「やくざ」
「て、め、このアマ……ッ」
「口で勝てないと暴力?やだなあ野蛮な人って」
「犬っころには人語は通じないのかと思ってな」
「このやろ……ッ」

 お互い顔を見合わせ火花を散らし合ってから、

「モハメドさん、どっちが長男だと思う?」
「ふはッ!」

 何故かお鉢がこちらに回ってきた。
 真剣な顔の承太郎とエリザ。花京院はそれに合わせて、ついに吹き出した。
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