kiss kiss kiss

「転校生だって」

 片足を引きずる空条を肩で受け止め――と言っても回している腕だってほんのお飾り程度にしか支えていないのだけれど――保健室までの廊下を歩く。薄緑色の床を時折ハンカチから滴る血が汚した。

「妙な……やつだったぜ」
「珍しいね。きみが男に興味を持つなんて。例の相撲取り以来だ」
「なにが言いてぇ……」
「別に?あ、そういえば空条、きみ手ぶらだね」
「……」
「置いてきたんだね」
「ここからは……おれ一人で行ける」
「はーい、後でね」

 そうして置いてきてしまったという鞄を取りに、私は一旦彼から離れた。
 しばらくして迎えに行けば――。

「せ、先生!大丈夫ですか!?」
「さっさと手当をすれば助かるぜ」

 養護の先生が大怪我をしていて、保健室が倒壊していて、あの転校生と空条もまた相当な血を流していた。
 意味がわからない。外からは皆の悲鳴がサイレンのように聞こえる。
 
「さわぎが大きくなったな。エリザ、オレはきょうは学校をフケるぜ」
「ヘイそこの老け顔のお兄さん。なにがあったのか、簡潔に説明をお願いします」
「メンドくせぇ」

 ほんの数分目を離した隙に、私の友人は一体何をしていたのか。

「空条?いくらきみでも、爆弾までは所持していないと思っていたんだけど」
「こいつにはDIOについていろいろ、しゃべってもらわなくてわな……」

 混乱している私を置いて、よく分からない言葉だけ言い残すと、空条は鷹揚な足取りで歩き出した。決して小柄とは言えない転校生を軽々と肩に担ぎ、方向から見るに家路に着いたのだろう。
 残されたのは転校生の唸り声と、崩壊した部屋、先生と私。
 ……全部押し付けていきやがったぜアノ野郎。

「先生。先生!」

 気をとりなおして、先生に声を掛ける。口角から滲む血を見るに、どうやら口の中か何かが切れてしまっているようだ。
 気を失っていたのか彼女の瞼がゆっくりと持ち上がる。綺麗な柳眉は険しく顰められていて、こちらまで苦しくなる。
 騒ぎを聞きつけた誰かが呼んだのか、校門の前に救急車が止まった。

「すぐに人が来るみたいです」
「ご、ごほっ……!え、え……あ、りがとうバスカヴィルさん」

 深呼吸をすれば、血の匂いに乱れていた鼓動も段々と落ち着いてきた。気休め程度に添える掌。

「ごめんなさい。話すの辛くないですか?」
「その方が……気が紛れるわ。ごめんなさいね、制服汚してしまって」

 先生はちらりと、私のセーラー服に目をやった。深い青のそれは、確かに血液かなにかで何箇所か色を濃くしていた。

「いえ。そんなことより、一体どうしたんですか?」
「……それが、私もよくわからないのよ。気がついたらこんなことになっていて……」
「もう、なにやったんだよ空条は!」

 はあと溜息を着いた私を、先生は少しだけ口角を持ち上げた。
 それとほぼ同時に、救急隊員の人たちが担架を持ってやってきた。丁寧に抱き上げられた先生は、最後に、

「そのJOJOなんだけれど……ぼんやり覚えているのは……、彼にキスされたことなの」
「え?」

 どうやら空条は、キスの破壊力も常人とは大分異なるらしい。
 本当になにをやってるんだ。 
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