parody
少女趣味

 それは正に白亜の城だった。
 "依頼人"の運転で辿り着いた、大凡この国の風土にはそぐわない石造りのその館は、まるでお伽話やなにからか抜け出てきたよう。無数の窓、いくつかの星型要塞を有する――どう見ても城塞にしか見えないこれこそが、今回の依頼人が働く館にして、"奇妙"な殺人が行われた事件現場ということになる。辺りでは『白桜城』と、称されているらしい。
 囚われの姫君が振る手布(ハンカチ)を思わせる純白の窓帷が揺れる。緻密にして繊細、故に優美で華美で豪奢な意匠の施された白壁は、近くで見れば見るほど圧巻の一言に尽きた。

「ノイシュヴァンシュタイン城」

 隣で同じように城を見上げていた夜月がぽつりと呟いた。

「似てるよね、あれに」

「あぁ……確か、ご当主は日本人だったな。城と言ったらそれが一番先に浮かぶんじゃあないか。そもそも、あれに憧れてこんな建物を建てたのかもしれない」

「……そうかな。ねぇ、先生」

 夜月が未だ不思議そうにこちらに目をやったと同時に、薄紅の夏薔薇が咲き誇る生垣から、ひょこりと子どもが飛び出てきた。

「あ――」

 まるで野兎だ。
 小僧と呼ぶにはいささか憎らしさと覇気に欠け、少年と呼ぶには幼すぎる――そんな子どもは僕の顔を見ると、戸惑ったように傷だらけの頬に手を当てた。薔薇の棘にでも引っ掛けたのだろう。当国離れしたこの城に似つかわしい格子模様の洋袴から覗く膝も、泥と血で汚れている。

 車内で聞いた話によれば、今回の被害者には孫でも年が通るようなうら若き夫と、亡き娘が産んだ孫が一人いるだけで、その他館にいるのは使用人の類ばかりらしい。
 まさかこれが夫ではないだろうから、消去法として彼がその孫息子ということになるのだろう。

「なァんだ、君が持ってるのか」

 出し抜けに、夜月はまるで関心のない冷たい口調でそう言った。

「おい、それはどういう――」

「ああ、透花さま。ただいま戻りました。こちらの方が……今回依頼を受けていただいた、岸辺露伴さまとその助手の皇夜月さまで、ございます」

 仄めかされた言葉を意図を追求する前に、いつの間にか車を止めて戻ってきたブラックモアが斜め後ろから会話を遮る。振り返らずとも、彼の陰鬱な表情は手に取るように分かった。
 トウカ。では名から察するに、彼はご子息ではなく、

「そうでございましたか……岸辺さま、ご高名はかねがね。呆けていてご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」

 随分とボーイッシュな格好をしたご令嬢であらせられるわけだ。
 土と葉のついたジレーとシャツをぱたぱたとはたいて、まだ幼さの残る少女は先程までの狼狽はどこへやら、しゃんと背を伸ばした。

「僕――否、私は前当主 佐倉・ミシェル・三春の孫娘にあたります佐倉 透花でございます。本日はお忙しい中この様な場所までご足労、誠にありがとうございます。なにせ急拵えの当主でございますゆえ、至らぬ点もありますが、どうかお力添えのほどよろしく申し上げます」

 静静と謝辞を述べて一礼をする姿は、小さくとも誇り高い貴人然としている。
 それだけに、心的疲労からか微かに痩けた頬が痛ましかった。事件以前の彼女のことを僕は知らないが、よくよく見るとその瞳はきらきらといくつもの星が浮かびそうなほど生気に満ちていて、大凡気弱な少女の言った顔つきではない。短く整えられた髪と少年じみた格好といい、さぞや快活な少女だったろうことは想像に難くない。

 僕は軽く礼を返し、名前と事務所の電話番号だけが書いてある名刺を透花に手渡した。少女はそれを恭しく受け取ると、まるで玉章を抱くように胸に当て、感じ入るように目を閉じる。

「本物、だ……ッ!」

 小さく零れた息には勘違いでなければ憧憬が滲んでおり、その証拠に、夜月が驚いたように僕の顔を見た。それはいくらなんでも失敬じゃあないだろうか。
 じろりと睨みをきかせれば、助手は敬意なんて露程も見せない様子で肩をすくめる。

「あ! いつまでもこんな所に立たせてしまってごめんなさい。今すぐ中へ……ブラックモアさん、お願いできますか。本当なら僕がやるべきなのですが、もう少し諸用がありまして」

「かしこまりました。では、お二人共……こちらへ」

 また何度か頭を下げる透花に見送られながら、僕たちは館の中へようやく足を踏み入れるのだった。
 僕は一歩目にして、その絢爛さに目をやられる。まず正面の階段はこれまた細やかな細工の施された大理石、真上には眩いばかりの巨大でやはり繊細なる意匠のシャンデリア、床は薔薇大理石。そのまま案内された廊下も西洋の名画――それも裸婦なんかは見当たらない、天使や妖精、それから麗しい英雄の描かれたものばかりが飾られ、
 ああ……これは確かに、見事な少女趣味だ。

 そう、かの佐倉・ミシェル・三春はプリンセスストーリィや白馬の王子、それからロイヤルウェディングなんかに目のない御人だったらしく、有り余る富に開かせこの城を造らせ、更にはありきたりな己の名が嫌だとクリスチアンでもないのに洗礼名を得る、そんな人物だったそうだ。

「まったく、金持ちの考えってェのは理解に苦しむよ。そう思わないか」

 振り返った見た夜月は、興味を家に置いてきたように欠伸を一つ。それでも、この立ち並ぶ絵画のどれよりも美しいのだから、大したものだ。
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