parody
9と10

 苦学生はいまや、ギターをかき鳴らす片手間に、改造パソコンを売る店主となっていました。彼が初めてこの店で売ったパソコンは、あの笑えないパソコンで、初めて返品されたのも、あのパソコンでした。
 九回目の返品は、過去最短で、九回のうちでもっとも性質の悪い持ち主からでした。もちろん、常日頃重戦車でも傷つけることが敵わないと豪語するそのパソコンでしたから、

「ただいまです。おといし」

 故障一つないまま、いつものように申し訳なさそうに男の元に帰ってきました。

「おいおい、まだ三日とたってねェぞ」

「ますたあは、僕が怖い、です」

 笑えないパソコンは微かに俯いて、小さな顔に影を落としました。

「……ヒトの良さそうなヤツだったけどよォ〜〜。ナマエ、どっか不具合は?」

「へいきなのです」

 パソコンは男の問いかけにぱっと顔をあげて、無理に笑ってみせようとしますが、その唇からはひゅーひゅーという苦しそうな音が零れるだけでした。
 首に残る鬱血痕。内部に支障はなくとも、切れば血の流れる肉体です。パソコンのちんまりとした体に残る痛々しい傷に、音石は目をしかめます。

「傷一つ直してやるから、心配すんな」

 そんな日の、夜深くのことでした。

 輝く金髪をなびかせながら、自信と余裕に満ちた足取りで店の中に入ってくる青年。紺碧の夜空を背に長い足を動かす彼は、まるで王子や王のような風格と美しさです。
 そんな童話の中から抜け出てきたような青年は、ぴたりと笑えないパソコンの前に止まりました。
 「あァ、兄ちゃん、悪いな。ここはもう店じまい」と、店主である音石が口を開くより早いか、

「これを寄越せ」

 凛乎とした、迷いのない声。親指で示されたパソコンは二三度瞬きをして、いつものように縷々たる口調で説明を始めました。

「こんばんは、はじめまして。僕はTc−39の改造パソコン。39r−10kです。見ての通りの小型ですが、内蔵容量は外部ハードディスクなどをほとんど必要とXXGB。耐久性はタンクローリーやロードローラーに潰されても内部のデータに支障はありません。インターネット接続はハーミットパープルをお使いでしたら、通常のデスクトップパソコンの10倍、あるいはそれ以上の速度で対応させていただきます。ウイルスバスターとリカバリはSPとCDが起用されています。期限が切れましても、大抵のウィルスからはお客さまのデータを完全ブロック。この身にかえまして「あァ、もういい」

 それをうんざりといった様子で遮り、手を降る青年。
 店主は黙って、二人のやりとりを見つめます。

「それでは最後に。当機には『笑う』や『泣く』と言った感情表現の点に不備がございます」

「機械が笑う必要がどこにある。喋るだけで喧しくて仕方がない」

「従来の型はどれだけヒトに似せるかが、肝になっているようですが」

「喧しいと、言っているんだ。これでいい。付属になにか必要か?」

 真っ直ぐとパソコンの目を見る青年の瞳は、まるでヒトを見る瞳ではありませんでした。
 パソコンは、なんとなしに胸に手を重ねます。

「いえ、特にないですの」

「いくらだ」

 奇妙な話です。身を売るパソコンと、その客の会話、といえば色や少なからずとも高揚が見受けられるものなのですが、どうもこの一人と一台の会話は、バナナの叩き売りよりも色も花も熱もありませんでした。
 ようやく、店主が口を開きます。

「ひとっつ、質問させてくれよ」

 財布をジーンズの後ろから取り出しかけていた青年は、まだあるのかと口を曲げます。

「あんたは、どうしてこいつを選んだ?」

 その煩わしそうな態度は、真剣な声を耳にしても変わりません。

「これが一番、人間の匂いがしない」

 それだけだ、という言葉を最後に、また唇を閉ざしました。
 店主は、どうか幸せであるようにと、柄にもなく願いながら目を閉じました。

「……馬鹿な子ほど可愛い、ってのは置いといても、こいつは高いぜ?ついでに返品されても返金はしねェ」

 こうして、笑えない少女型パソコン、ナマエの10人目の持ち主が決まりました。
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