(十九歳と十五歳)

「明くん!」 「明くんはやめろっつーのチビスケ。こっちは四つも年上だぜェ〜。敬え崇めろ」 「えっとー、じゃあ明さん」 「もう一声」 「明さま!」 「悪くねえ! 悪くねーけどそう呼ばせてたら周りの目が痛いことこの上ない」 「めんどくさいな明」 「おいおい全放棄すんな」 「それじゃ――」

「あ」

 遠目でもすぐに分かる、高校に入ると同時に染められた赤い髪。
 CDショップの試聴コーナーに立つ彼を見つけた少女は、赤いランドセルを弾ませながら店内へと入っていった。

「あーきらせんぱい!」

 そして、学ランに包まれた背中に抱きつく。
 しかしよほど音楽に浸っているのか、音石は何の反応も示さなかった。夜月は少し考えてから、そっと試聴機に手を伸ばす。

「――ッウオッ!」

 爆音に撃たれた音石の口からは悲鳴が上がり、ヘッドホンは床にたたきつけられた。
 元より相当なボリュームで曲が流されていたが、それでも最大音量というのは流石の彼にとっても充分な凶器になり得たようだ。

「……夜月ちゃぁぁああん?」

 クスクスと笑いを殺す後輩を目の端にとらえ、音石は呪詛の言葉を紡ぐように名前を呼ぶ。
 しかし「ごめんね、でもセンパイってば全然気付かないんだもん」と悪怯れることなく無邪気に笑うものだから、――ビリビリと痺れる耳に手を当てながらも、音石はふっと頬をほころばせた。

「そうか、悪かったな。まッ! そんなことよりよ〜、この曲聴いてみろよ。なかなか良かったぜ!」

 その笑顔のまま、すっかりCDに興味を引かれ顔を輝かせる少女に、ヘッドホンをつけてやる。

「聴いたことのないバンドだひぎゃあッ!」

 夜月は先ほどの音石と同じ反応を示した。轟音を鳴らすヘッドホンは、二度目の床への衝突。素っ頓狂な悲鳴にヒーヒーと腹を抱えながら、音石は「さっきの仕返しだアホ」と少女を嘲笑う。
 勿論、それだけ騒いでいれば店員につまみ出されるのも時間の問題だった。

「あーあ、夜月のせいで追い出されちまったー」

「あーあ、明先輩の静電気たいしつー」

「あー……それは否定できねえ」

(十五歳と十一歳)



 CDショップを出た音石と夜月は、金木犀の香る商店街を並んで歩く。
 あのギターはどうだのこのアンプだの、いつものようにダラダラと話していたが、小さなくしゃみが会話を止めた。

「あーッ」

「おっさんか、それとも風邪か?」

「ちょっぴり寒いから、強いて言うなら風邪?」

 鼻から口元にかけてを手の甲で押さえながら、夜月は少しだけ目をすくめる。
 もう秋も深まってきたというのに、子供時代に終わりを告げ、しかし女にもなりきる前の丸みのない少女の体は、長袖のセーラー服しか身につけられていない。黒のハイソックスから伸びる足が寒々しい。

「コートにはちいとばかし早いかもしんねえが、流石にそれだけじゃあ寒いに決まってんだろ」

 音石は呆れながらも、つけていた黒のマフラーを夜月の首に巻いてやった。
 少女は嬉しそうに礼を言って、事の原因を話す。

「セーターこの間買ったんだけどね。学校に来ていった時に、なくしちゃったみたい。もうこれで三枚目だよー」

 「どれだけだらしねーんだよ」と音石は、自分の肩辺りの高さにある夜月の頭を小突いた。もしかしていじめられてでもいるのかとも考えたが、大方ファンだのストーカーだのの仕業だろうと結論づける。この少女は、音石が出会った頃からそういうものを引き寄せやすい性質だった。

「そんじゃあ、俺のもう使わねえやつをもったいなくも譲ってやろう」

「ホント!? 私、そのオレンジのがいいな!」

「使わねえやっつって言ってんだろ! たしか、赤いのが――」

「あー……あれ着てた明センパイ、頭も赤でカーディガンも赤でトマト祭りだったね」

「せめて『みたい』だったねと言え」

 「血みどろみたいだったね」と微笑む夜月に、音石は「マフラー返せ!」と手を伸ばす。

「やーだよ」

 からかうように身を翻し楽しそうに逃げ出した後輩を追って、彼も口を歪めて走りだした。
 微妙な時間帯の商店街は人が少ない。道の真ん中を、二人はほぼ全速力で駆け抜ける。

「捕まえたぜ、ばかちび!」

 アーケードも終わりが目前というところで、ようやく音石は夜月に追いついた。華奢な体を後ろから抱きしめて、まだ楽しそうに笑っている少女の顔を覗き込む。音石の顔も、自然と笑顔になっていた。まるで仲睦まじい兄妹か、そうでないならカップルのようだ。
 しかし音石の脳裏には、『アニマル・セラピー』という最近耳にした単語が浮かんだ。

「アホ犬と思えば、腹も立たないよな……」

「何の話?」

 そんなじゃれ合いをしながら二人は、目的地へと向かう。
 屋根裏を改装して作られた音石の部屋は、

「相変わらず汚いね。センパイがアホ犬?」

 ラックに入りきらないCDが積まれ、雑誌が積まれ、飲んだら飲みっぱなしの瓶や缶が積まれていた。
 入るやいなや床に転がった夜月は、落ちていたピックを積み上げていく。

「おい、寝っ転がるの構わねえけどそこら辺のもの倒すなよ」

 そう言うと、音石は上着を脱いでハンガーにかけた。そして中を覗き込んで後輩に譲るためのカーディガンを探す。
 ごちゃごちゃとした部屋と反して、その中は妙に整頓されていた。

「相変わらず、服だけはきっちりクローゼットの中なんだね」

「埃だのシワだのついてたらダッセーじゃあねえか」

「これだけ部屋が汚いと彼女も呼べないんじゃあないの?」

「縄張りを荒らされると怒る犬がいる間は、どんだけ綺麗にしても呼べねーよ」

「明センパイって犬飼ってたっけ?」

「……あったぜ」

 皮肉も通じねえか、と音石は目を細め、目的のものを手に振り返る。
 そこには寝転がっていたはずの夜月が、期待するように目を輝かせ正座をしていた。まるで待てを言いつけられた犬のようだ。
 音石はふはっと噴き出す。それから、飼い犬にバンザイをさせて上からカーディガンを被せてやった。

「うわっ! センパイ臭いッ!」

 洗剤と数種類のシャンプー、どれもこれもきつい香りの香水も数種類。華やか過ぎる香りが、夜月の鼻を刺す。

「てめーなぁ……いらねえなら返せ!」

 それでも、夜月にとって落ち着く匂いだった。

「やだやだ、もうもらったもん!」
 
 脱がせようとする音石に抗いながら、夜月は自分を抱くように抵抗する。音石は軽く頭突きをして、余っている袖を折ってやる。
 こうもはっきりと分かる男物なら、ストーカー連中も手出し出来ないだろう。そう考えて、満足気に夜月の頬を引っ張った。

「おまけに香水も掛けておいてやろうか」

(十七歳と十三歳)



「香水は何入ってるからわかんないから、ダメだって」

「まァ、ここじゃ必要ねえしなあ。ところでよぉ……ギターは?」

「日用品じゃあないからダメだって」

「日頃用いるっつーか、日がな利用するっつーか、日常愛用してるっつーのッ!」

「あ、分かった。ギター履けば?」

「したら手本見せてくれよ」

「明先輩なら出来るよ、明先輩だもん!」




Q,音石と王子の先輩後輩時代についてもっと知りたいです!!

A,連載で書く予定ですが、二人の出会いは夢主が小五、音石が中二の時です。
この年齢差ですので、一度も同じ学校に通っていたことはありません。学校の先輩なのではなく音楽の先輩ということでしょうか。ごめんなさい適当です。
基本的にはこんな感じの関係をこれからもこれまでも。
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