二人の少女のとある夜

 少女は行き場のない怒りに肩を震わせていた。
 一番腹が立っているのは、旅行から帰ればいきなり増えていた目の前の観光名所。次は、いつまでも帰ってきもしなかった薄情な自分。
 もう『彼』の中で一応は終結がついてしまったものをほじくり返すのは、いまだ血の流れる傷口に適切かも分からない薬を塗りたくることに等しい。だからこそ、夜月の憤りは立ち行かなくなってしまっていた。

「……なーーにがアンジェロだ、バーーーッカ!」

 立場がなくなっただけで退場出来るほど成熟した器ではなかったわけだが。
 深夜、飼い犬と寝静まって久しい頃、家を抜け出した夜月は、その岩めがけて思い切り蹴りを入れた。
 岩に痛みはなかったが、人間だった頃の習慣か口の位置にあるくぼみから「アギ」と毒にも薬にもならない音がもれる。

 ますます、血が沸騰するようだった。
 こんなもの砕けてしまえばいいという気持ちと、いつまでもここで苦しむべきだという気持ちの摩擦が、熱を生み続けている。それは段々と形を成して、ついには夜月の黒い瞳からこぼれ落ちていった。自分の体から排出されているとは思えないほど、熱い涙だった。
 もう一度、不気味な人面岩を蹴りつける。今度はただ靴の裏と岩のぶつかるつまった音しかしなかった。

「お前がさぁ……お前なんかがここにいるならさぁ……ッ!」

 これは片桐安十郎の墓碑であり永遠の監獄。

「どうして、私が苦しまなくっちゃいけないんだ」

 不誠実で無力な自分と、

「どうして……仗助が……苦しまなくっちゃいけないんだよー……!」
 
 幼馴染、仗助の消えない罪の象徴だ。

「仗助は強い。誰よりも強い。でもそれ以上に……ずっと、優しい……」

 勿論、この男を岩に塗り込んだことに彼女の幼馴染は一片の悔いもないだろう。むしろ薄暗い清々しささえあったはずだ。けれど祖父、東方良平のことは違う。アンジェロから目を離さなければ、油断をしなければ、あそこでああしていれば。
 何度でも、何度でも苦しむ。
 己の慢心が祖父を殺したのだと、仗助は誰にも悟られることなく悔やみ続ける。誰もそうじゃないと言ってやれない。

「全部、全部、お前のせいだ……全部……!」

 夜月ですら、確信が持てない。もしかして自分の思い違いではないか。そう思ってしまうほど、仗助は以前と変わりない。
 それゆえ、夜月は顔をぐしゃぐしゃにして子供ように癇癪を起こし泣いた。どうすることも出来ない現実が嫌で、勇気のない自分が嫌で、何をしてもすこしも晴れない怒りに泣いた。

「お前が、悪いんだ」

 喉を引きつらせながらそう言って、腰が抜けたようにその場にへたり込む。それから、夜が開けるまで気が済むまで泣いた。

 それを聞いたのは、『愛しの康一くん』の家で彼の体の採寸を済ませた帰りの山岸由花子だけだった。
 その声があまりに悲しそうなので、その泣き方があまりに苦しそうなので、叶わない恋を嘆いているのかと他人事ながら同情を示した。
 けれど、泣いて諦められるならその程度なのね、とも思った。それもあっという間に意識の外に出して、名前を思い返すだけで心臓が騒がしくなる彼のセーターを作る為、家へと急いだ。




Q,夜月ちゃんが「こいつだけは嫌いだ!」と嫌悪感を感じる人は四部にいますか?

A,アンジェロです。それとはまた微妙に距離を図り兼ねているのはジョセフです。
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