ミュージック・ウォー

※この作品には多数の固有名詞やそれを匂わせる表現がありますが、特定の何かを誹謗中傷、否定する気は一切ありません。


 きのこの山派とたけのこの里派の間に流れる皮は、深く、暗い。

「……せーのッ!」

 三本の指が並ぶ二つの菓子を指した。
 結果は、里の者が康一一人、仗助と億泰は山の者。多数決で今日のおやつを決める男子高生。平和である。

「ちぇ、残念だなァ」

 康一は軽く唇を尖らせて言う。こういう無念さというのは自分だけで買いたくないだとか、少数派がいやだとかそういう単純なものからではなく、もっと熱く、もっと心の純粋な部分や愛から生まれるものだ。決して二百円ぽっちがおしいわけではない。

「まぁまぁ、ポテチは満場一致でのり塩だったじゃあないっスか」

 くだらないと言ってしまえばそれまでだが。

 菓子を買い込んだ三人がオーソンから出ると、また別の、深く暗い川を挟んでいる人間たちがいた。人はどうして争わなければならないのか。
 『川』がある限り、それは必然。

「だからさァ、音楽に貴賎はないよ。あるのは自分の好みかそうじゃないかだけだって」

「そんなのは詭弁だね。作品として世に出された限り、そこに優劣はあるに決まっているじゃあないか。その後の音楽に影響を与える偉大な名曲と、そこらへんに転がってる安っぽいラブソングを同列に語るなんて愚の骨頂だぜ」

「先生のそういうとこホントいやだ。大勢の心を震わせなくたって、誰かの救いだったりそういうものになってる曲が他と比べて劣ってるなんて思わない」

「馬鹿馬鹿しい。綺麗事だ」

「もーーッ!」

 漫画家岸辺露伴と、ギターを背負う夜月だ。
 二人は手にしたアイスが溶けるのも気にならないほど言い争いに熱中しているようだった。しかしそのアイスも、二人で分けるタイプのものを半分こにしているあたり、仲がいいのやら悪いのやら。

「なーにやってんだァ?」

 青い火花を散らす人間というのは普通近寄りがたいものだが、コンビニでの勝負で全勝を経た億泰は臆することなくその会話に入っていった。仗助と康一は顔を見合わせ、関心するような呆れたような笑みを浮かべる。

「聞いてよ、億泰。せんせーってばハヤリの曲を聞くと馬鹿になるとか言ってくるんだー」

「そこまでは言ってないだろ。ただそんなものに千円も払うなら、同じ値段の『ホンモノ』を買ったほうが賢いと――」

「せんせー曰く『日本のバンドは全部これのパクリだ』のビートルズなら明先輩が持ってるし、私はパクリだの劣化版だのとは思わないよ」

「軽いんだよ音が。J-POP? マイケル・ジャクソンが聴いたら笑いすぎて腹でも壊すんじゃあないか」

「たまにはそういうのもいいじゃないか。邦楽を笑うものは邦楽に泣くんだぞ」

「ハッ、泣かせてみてほしいものだな」

「原理主義も行き過ぎるとただのオーボーだ!」

 放っておけばいつまでもこの口論は終わりそうにない。きのこたけのこの二択とは違い、音楽への価値観というのはそれこそ多岐にわたる。

「君は、どっちだと思う?」

 そして矛先は、無謀にも首を突っ込んだ億泰に向かう。

「お、おれは……どっちかっつーと、きゃわいーアイドルが歌って踊るようなのが、好き……だぜ?」

 兄貴はジャズとかの方が好みみたいだけどよーと、たじろぎながらも言った。

「ふん、まぁ君らしい答えと言えば君らしい答えだな。僕も『アイドル』だとかを否定するつもりはない。見た目だのキャッチーさだので媚びて大衆に受けるというのも戦術の一つだろうね。僕が嫌なのは仮にも『音楽』だけで食べていこうとしているのに、ハンパな曲ばかり作る奴らだ」

「アイドルの曲にもいいのってあるよ。……でも、やっぱりダンスとかPVとかを込みとした曲は……その……」

「ほぉーー? 貴賎はないと言ったその口でそれを言うのか」

「別に劣ってるとは思ってないよ。ただ、前提が違いすぎるっていうか」

「CDが出ているっていうのに、音楽じゃあないとはお笑いだな。そんな高尚なものか? どうせどっちも同じコードの繰り返しだろ」

「同じコードの繰り返しは先生の言う名曲の方が多いじゃあないか。明先輩も言ってたけど、妙な変調が意味もなく使われてる曲よりよっぽどいいって」

 センパイセンパイうっせーなァと露伴は目を竦め、それから意地悪く笑って見せた。

「ほら見ろ、君だってそうやって優越を決めてるんじゃあないか」

「それは……」

「なんとか言ってみろ」

 正しさ云々は置いても、明らかにいじめっ子の顔である。
 言葉につまる夜月の目に止まったのは、ジャンプの早売りを買いにコンビニに入ろうとしている間田だった。

「はざま、だ、せんぱい……!」

 夜月は彼に駆け寄ると、有無を言わさずぐいぐいと手を引いて露伴の前につきだした。

「さァ、先輩、言っちゃって下さい」

「なにをだよ!」

「……君は、間田敏和だったか? 丁度いい。僕も自分のファンがどんな音楽を聴くのか聞いてみたかったんだ」

「どうぞ! 忌憚のない意見を」

 二人の刺さるような視線に射られ、間田はダラダラと汗を流す。
 ようやく開放された億泰は、その隙にそっと仗助たちの手の引いて逃げ出そうとするが――夜月にじろりと睨まれてしまい、それも出来なかった。「あいつもああいう顔するんだな」と慌てながらも、かろうじて輪から抜け出て康一の隣に収まれたのが唯一の救いだろう。

 間田はその間も、最良の選択探し続けていた。しかし言葉にするよりも先に、「どーせそいつは、アニメの歌とかじゃあねえの?」というやじが仗助から飛んできた。夜月の側に長くいた彼にとって、この手の論争は慣れっこなのだろう。
 そのにやにや笑いを、露伴と夜月は一喝する。

「アニメの歌。いいじゃあないか、何が悪いんだい? 私の好きなバンドだって曲を提供していたりするよ」

「ものにもよるが、やはりきちんとした作曲家が作ったアニソンには、製作者の魂を感じるね。そうだろう、えっと――」

「間田先輩!」

「そう、間田くん!」

 もう当初の話からそれにそれているのを、この二人は気付いているのだろうか。
 ものすごい剣幕で詰め寄られ、間田は必死に頷こうとした。

「……は、は……」

 しかし彼にも、アニメソングには一家言あるのだ。

「――ッそりゃあ名曲だとか音楽的に優れているとかも大事だけどね、主題歌に求められているのは作品の余韻を崩さないことだとか、作品自体への愛だと思う! バスケットアニメのエンディングでサッカーだの野球だのを匂わせる曲を、俺は認めない!」

 そこには熱い思いがあった。
 露伴と夜月は目を見開いて、拳を震わせる。そして同時に、こう言った。

「よく言った、間田敏和! そうだよ、そうなんだよ!」

「アニメの一部として見たらそうかもしれないけど、純粋に音楽としてみたら、」

「また君はそれか!」

「だってそうだろう?」

 ことごとく意見が合わない。今度は間田を置いて、また二人だけの口舌戦が始まった。

「……康一、くん」

 間田はぎこちなく振り返り、唯一気のおけない友人に己の身の振り方を問いかけた。康一は無言で首を横に振った。諦めろということだろう。

 犠牲者は増えていく。
 今まさにバイクを止めたばかりの噴上裕也と、買い物に向かう途中のトニオ・トラサルディー。前者には夜月が、後者には露伴がすぐさま近寄っていった。

「少し、お時間よろしいか」

 目が、マジだ。

「か、かまわねーけど」 「え、えェ、構いませんヨ」

 押し負けた二人は、何故か互いに向かい合わされた。
 蚊帳の外に居ながらもその場を離れられない仗助たちは、出来るだけ通行人の邪魔にならないように端で固まっている。買ったばかりの菓子をつまみながら、すっかり観戦モードだ。

「で、どうすりゃあいいんだ?」

「音楽について話してたんだ。二人はどんなのが好き?」

「そうだな、まずはそこからだ」

 これは長くなりそうだ。トニオと噴上は、初対面にも関わらず目だけで通じ合った。

「ワタシは……ソウですネ。オペラやカンツォーネ、やはり母国イタリアの音楽をよく聴きマス。あとはクラッシックでしょうカ」

「なかなかいい趣味ですね」

「何様だよせんせー。私はギターのいない曲は専門外だけど、それでもやっぱりオーケストラとかはすごいと思うよ。迫力満点! 噴上先輩は?」

「おれは、バイク飛ばしながら聴くことが多いからよォ〜。やっぱりロックだよなロック!」

 ロックねェと小馬鹿にした笑みを浮かべる露伴を肘でつついて、夜月は目を輝かせる。

「そうだよね、そうだよね! やっぱり低音がガンガン効いた、」

「早くてノれる曲な!」

「うんうん!」

「でも日本のロックは忌野清志郎だけだな。他はダサくってしょうがあねー」

「ん?」

「かっ飛ばして気分良くなってる時に、日本語とだっせー英語の歌詞とか聴いちまったら、それだけで萎えちまうぜ」

 カラカラと笑う噴上に、夜月はがっくりと肩を落とした。抗えない決定的な違いだ。
 居場所を失い、微笑みながらも困惑するトニオに向けて、億泰は手招きをする。

「トニオさんも災難だったな〜。きのこの山食うか?」

「ありがとうございマス。……ドウなされたんですか、お二人」

「さぁな。お互い引っ込みがつかなくなっちまったんじゃあねーの」

「……ジャンプ」

「あ、間田先輩。さっき買ったんで、よければ読みますか?」

「いいの?」

 和やかな外野には目もくれず、

「歌詞は届くとかな届かないとかじゃないー」「ではインストでも聞いていたまえ」「ボーカルも楽曲を作る大事な一員だろー?」「よく言ったよ噴上先輩!」「だから邦楽はだめだ」「そうくるかーーーーッ!」

 川を挟んだ戦争は続く。

「もーめんどくさい! みんなクイーンだけ聴いてればいいよ!」「結局君だって有名ドコロじゃあないか!」「皇テメー! そんだけ邦楽押しておいてクイーンって! 裏切り者か!」「元から一対二じゃあないか! 味方なんていないし! 明先輩ーーーーッ!」

 一番参加したいであろう男は、

「あーーーーーーッ! そろそろギターに触れないとくたばる。乾く。干からびるッ!」

 まだ、塀の中。

 


Q,夜月ちゃんの好きなアーティストって誰ですか?音楽の趣味合う人は?

A,QUEENです。音楽の趣味は噴上と合いますが、このジャンルやこのバンドが好き!というよりこのバンドのこの曲のここが好き!ということの多い夜月とは根本的に相容れないようです。露伴とは真逆。
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